岡山県浅口市金光町上竹(かみだけ)は、遙照山(ようしょうざん)を水源とする竹川の上流に位置する地域です。ゲンジボタルの生息地で、5月下旬から6月上旬にかけて、川には黄色い小さな光がリズミカルに舞います。2021年は5月20日頃から飛び出しました。
「温暖化の影響か、最近はホタルが飛ぶ時期が早まってる気がする」
そう話すのは、2003年に発足した「上竹ホタルを守る会」会長を18年間続ける瀬良憲昭さんです。
ホタルが飛ぶ日には竹川沿いを歩き、「どっから来たん?」、「きょうはよー飛んどるよ」と鑑賞者に声をかけ、「きょうはあっちの方が多いけぇ一緒に行こう」と案内することも。ホタルのことを聞くとなんでも教えてくれる瀬良さんに、「上竹ホタルを守る会」のことや、ホタルとの関わり方について聞きました。
上竹ホタルを守る会
「上竹ホタルを守る会」は毎年約40人で活動しています。うち約15人は地区の組合長、約30人は竹川沿いで暮らしている人で構成されています(竹川沿いで暮らす組合長もいます)。瀬良さんの自宅も、竹川の目の前。車庫のシャッターには「ホタルのすむ美しい環境を大切に」という言葉と、ホタルのイラストが描かれていました。
瀬良さんの幼少期には、竹ぼうきを持って振り回せば、ホタルがいっぱい獲れたそう。そのまま自宅の蚊帳に入れ、家の明かりを消してホタルの光を楽しんだこともあるといいます。「小さい頃は、ホタルは珍しいもんじゃなく、町内どこにでも飛びよった」と瀬良さん。
ホタルがどこにでも飛ばない貴重な生き物となったのは、多くの川底が土ではなくコンクリートになってから。竹川はなぜ、コンクリートにならなかったのでしょうか。実は、1981年6月に集中豪雨が襲って竹川が土石流で壊滅したとき、コンクリートで復旧される予定でした。しかし、ホタルを守るため、お金をかけてでも石張り工法で復旧してほしいと住民有志で要望を出したのだといいます。
「上竹ホタルを守る会」が発足したのは2003年ですが、それよりもずっと前から上竹で暮らす人は、ホタルへの愛情を持っていたことがわかります。
2009年には岡山県の清掃美化活動を行う「おかやまアダプト」推進事業団体に認定され、岡山県内のホタルを守るほかの団体と勉強を重ねました。2011年にはゲンジボタル生息地として浅口市指定文化財(天然記念物)に。2012年度には、浅口市の市民提案型協働事業「あさくち未来デッサン」に採択され、街路灯に照明カバーを設置したり、ホタルの保護を呼び掛ける看板の設置などを行いました。
地元の小学校へ出前授業も行っています。竹川沿いには、授業を受けた小学生が手掛けた看板が並びます。
ゴミを捨てないでと呼び掛ける看板。「ホタルの生態を知ることで、自然環境を守る大切さを学んでほしい」という瀬良さんの思いはきちんと届いているようです。
ホタルの一生を見守る
ホタルと聞いて思い浮かぶのは、淡い光を放ちながら飛ぶ姿ではないでしょうか。実はその姿は、約1年と言われるホタルの一生のうち、終わりに近い10日から2週間ほどのわずかな期間。
ホタルが飛び交うのは、求愛活動です。オスがよく飛び、メスはじっと待っているのだそうです。交尾から数日後、産卵が始まります。卵を産む場所は湿り気のある場所で、真下に穏やかな川がある場所がベスト。1か月後に幼虫が孵化したら、ポトンと水面へ転がり落ちることができるからです。むやみに草を刈ってしまうと、卵を産む場所がなくなってしまうため要注意。
幼虫になったら、ホタルは水中生活が始まります。8月から3月、カワニナという貝を食べながら育ちます。竹川にはカワニナがたくさん生息し、ホタルにとって住みよい環境です。カワニナは、汚い川が嫌い。綺麗さを保つため、上竹ホタルを守る会は毎年9月に川のごみ拾いを実施しています。また、カワニナは灰を嫌うため、川の近くではごみを燃やさないよう、呼びかけています。
4月頃、ホタルの幼虫は水中から川底を這い上がり、土の中でさなぎになります。そのため、コンクリートの川底では育つことができないのです。上竹ホタルを守る会では、3月の第一日曜日に竹川の草刈りを実施します。3月というとまだ草が生い茂るには早い時期ですが、冬を越した枯草を刈ることでホタルの幼虫が土に上がりやすくしているのです。
ホタルたちは、5月下旬頃、羽化します。その頃に行う草刈りは、ホタルの鑑賞に訪れる人たちのため。歩きやすいように草を刈るのです。草刈りのタイミングなども、ホタルの一生を考えてなされていました。
このほか、鑑賞時には大声を出さない、ホタルに明かりを浴びせないなどの注意点があります。「ホタルの保護は、ひとりでは絶対に無理。いろんな人に協力してもらって、ホタルを守っている」と瀬良さんは話します。
取材中、しばらく瀬良さんの肩にのっていたホタルが印象的でした。そんなに人懐っこいホタルはなかなかいません。「この人が育ててくれたんだ」と、そのホタルが理解しているような気がしてなりませんでした。