「英語を教えるだけなんてつまらない、教えるのは人生の楽しみ方」
そう語るのは、徳島県にある少人数制の子ども向け英会話教室「Nico Kids English」のオーナー・Junpei(田村順平)さん。この教室で「自由に生きよう、本当に好きなことをしよう」という自らのメッセージを発信・実践し続けています。また、同業者からも一目置かれており、英会話教室の経営者に向けたマーケティングコンサルタントも行っています。
「安心して子どもを預けられる」英会話教室
Nico Kids Englishは現在、吉野川市鴨島と板野郡藍住に2校あります。小学校の統廃合が進んでいるエリアにも関わらず、生徒は合わせて約300名在籍(2021年4月時点)。さらに2021年に、徳島市内に新しく2校をオープンする予定です。
タブレットを使ったレッスンやアプリ開発など、テクノロジーを積極的に導入していますが、それだけが人気の理由ではありません。2020年2月28日、新型コロナウイルス感染拡大のため、全国の小中学校へ臨時の休校要請が出た際は、その日のうちにオンラインへの移行を決定。5日後には全授業をオンラインに切り替えるなど、素早い対応を行いました。
オンライン授業に戸惑う保護者もいましたが「いつでも店舗に来てください、設定もします。何でも聞いて」と発信。保護者から「あの時の対応はよかった」と今なお評価されるそうです。時代の波を敏感に感じ取り、実践するNico Kids Englishは、多くの保護者から「安心して子どもを預けられる」と支持を受けています。
メッセージは「自由に生きよう」
「保護者は子どもに『すくすくと育ってほしい、自由な発想をしてほしい』と願い、1人1人の個性を認めてくれる場を与えようとします。でも『そんな場所は、どこにあるの?』という壁にぶつかっています」
子ども英会話教室の経営に関わって13年になるJunpeiさん。海外での体験などを経て、日本の閉塞感や窮屈さが、子どもの教育現場に強い影響を及ぼしていると感じています。
「保護者が子どもに『自由に育ってもらいたい』と思っていても、高校卒業後は進学か就職かの2択しか道はないような、矛盾した現実が控えています。でも、その2択に飲まれることなく“選択肢の自由さ”にさえ気づけば、人は本当はいろんな生き方ができるはず」
Junpeiさんはかつて、バンドでドラマーとして活動していました。また、英語力が全くない状態でアメリカへ留学し、さまざまな出会いと経験を積み重ねました。Nico Kids Englishは、そんなJunpeiさんの自由な生き方から生まれたものなのです。
「僕たち自身が“自由に生きよう、本当に好きなことをしよう”というメッセージのロールモデルになる必要があるんです。子どもたちが選択肢の自由さに気づき、さらに僕たちの生き方を見て『ああ、こんなことができるんだ』と感じてもらえたら」
17歳で得た成功体験、そして音楽の道へ
Junpeiさんは、若い頃は「いいな!と思ったことをすぐやるのが、自由」と考えていました。中学1年の時、X(のちの X JAPAN)のアルバム『BLUE BLOOD』を聞いて衝撃を受け、バンドを組みました。演奏するのはハードコアやデスメタルで、憧れはYOSHIKIさん。現在の子ども英会話教室のオーナーの姿からは、想像がつきません。
「僕はあの頃、勉強もスポーツもできず、自信もなかった。学校も無駄だと感じていて、ただただ苦痛。そんな時に音楽に出会い『自分も衝撃を与える人になりたい』と思うようになって」
17歳の時、バンドのメンバーとライブハウスでイベントを主催することになりました。当時高校2年のJunpeiさんたちは、1週間で演奏バンドを集めて準備。120人ほどの集客を得て、経費を差し引いた売上が12万円ほど手元に残りました。興奮冷めやらぬメンバーは、徳島の川沿いにある遊歩道で一夜を明かしたと言います。
「当時の高校生が普通に生きていたら味わえないような、成功体験でした。“自分たちで何かを作り上げた”という高揚感、周囲からの賞賛。この時の刺激は強烈に残っていて、今も形を変えて同じことをやっているんだと思います」
そんなJunpeiさんが「このバンドで生きていこう」と決意し、高校卒業後の進路選択を迫られた時のことでした。
「対応してくれた先生が『あなたが行こうとする道は険しいけれど、分かっているの?』と聞いたんです。僕はまだ若くて分かってもいないのに『分かってる』と答えたんです。反対されるのかと思ったら『分かった。じゃあ、頑張って』と応援してくれたんです」
Junpeiさんは、先生がそう告げた時、「みんなと違う生き方は、日本や徳島、この世の中に受け入れられないものなんだ」と気づきました。「そして、僕は“そういう道”で生きていく人なんだ、と決めることができたんです」
高校卒業後は、音楽活動に力を注ぎます。バンドメンバーとCDを制作したり、県内外のライブやイベントを企画したりするなど精力的に活動しました。しかし爆発的に売れることはなく、メンバーと音楽性の相違が現れたり、ライブのたびに私費を持ち出したりする状況になってしまいます。
「このまま自分はやっていけるんだろうか」と、先の見えない状況と不安に包まれました。そして「1度全て辞めよう。新しいことに挑戦しよう!」と、Junpeiさんは鬱屈した状況を打破し、舞台を変える決断をしました。
録音した雑談を教材にして、英語を3か月で習得
新しい世界を求めたJunpeiさんの行先は、アメリカ・カリフォルニア州のロサンゼルス。
「英語ができるようになりたいとかそんな高尚な考えじゃなく、ロサンゼルスに憧れのYOSHIKIがいるから」
ここでJunpeiさんは、Timという先生と出会います。Tim先生の立ち居振る舞い、教養レベルの高さ、語学力、バックパッカーとして積み上げた経験に魅了されました。
「Timの雑談が始まるとICレコーダーに録音し、それを繰り返し聞きました。授業内容より、Timの雑談をひたすら聞いた3か月で、僕は英語を覚えました」
自身の好奇心が刺激される最高の教材で、学びのスピードが違うと痛感したJunpeiさん。生きた英語を学びながら過ごしたロサンゼルスの2年間は、予備知識もなく、全てが初めて見るものばかりで刺激的な日々を過ごしました。またアメリカという地で、実力があればのし上がれる、なければうちのめされるという厳しさも知りました。
「寿司レストランでウェイターのバイトをしていたんですが、時給は安くて生活も大変。そこに、日本にはないチップの文化があるんです。相手が喜ぶような提案ができれば、高いチップを得て生活ができる。できなければ、チップはもらえない。評価が、お金という目に見える形。それは日本にない厳しさであり、よいもの」
文化の違いを経験したJunpeiさん。今の彼を作る考え方や感性は、このロサンゼルスで過ごした時期に形作られたと言います。
自分の好きなことで人に喜んでもらえた
専門学校を卒業した時点で「お金がないから」と、帰国を決めました。当時交際して3か月のパートナーが「私も日本に行く」と言い、「じゃあ、一緒にスタートしよう!」と日本に戻って2人で始めたのが、Nico Kids Englishの前身である、大人向けの英会話教室でした。最初はビジネスホテルの食堂の一角を借り、その後は自宅を改装。生徒増員のため店舗を借りたり、子ども向けの教室に舵を切ったりと、姿を変えて成長していきました。
教室を立ち上げた当初、Junpeiさんはアメリカでの経験を踏まえ「生徒が英語を話せる」ことを突き詰め、カリキュラムに生かします。また英語力の向上はもちろん、さまざまな本を読んだり、セミナーに参加したりと次々に挑戦していきます。そうした積み重ねが、今のNico Kids Englishへとつながりました。
ALTの先生と楽しそうに話す生徒。スーパーで会った外国人と会話をする生徒。多くの子どもたちが英語を楽しんで話せるようになり、保護者からは喜びと感謝が伝えられ、Junpeiさんは喜びます。
「人から感謝され、心がゆらいでむずむずして、嬉しかったです。それまで僕には何もなくて不安を抱えて生きていたのに……この時初めて、社会の一員として価値を生み出せているんだ、と思えるようなりました」
自分の好きなことで人に喜んでもらえる、その感動と賞賛。それはJunpeiさんにとっての社会での立ち位置が、はっきりと見えた瞬間でもあったのです。
「好きを自由に」が発揮できる場所へと
そうしてNico Kids Englishは、Junpeiさんの「好きなこと」が「自由」に発揮される場となり、人気教室になっていきました。現在は対面授業とオンラインのいいところを取った、ハイブリッドなコンテンツづくりに挑戦中。対象が幼稚園児や小学生であるため、対面授業を大切にしているといいます。
また生徒が海外の友人を作るきっかけとして、教室と海外をつなぎたいと語ります。
「人は“伝えたい!”と思ったら、自分から言葉を学んだりジェスチャーを使ったりと、何らかの形で努力します。英会話“教室”とは、あくまで英語を使える練習の場。本番は外や街にあって、会った人にすぐ『ハロー!』と言えるのがいい。最初のきっかけとして僕たちは教室を提供しますが、その後生徒たちが自分たちで調べるようになった時こそ“卒業”という理想の形。この教室から羽ばたいてほしい」
さらにコンサルティング経験からアイデアを得て、小学2年から高校生までが対象となる「キッズ起業家育成コース」を2021年2月からスタートさせました。
「僕が発する『もっと自由に!』のメッセージは、Nico Kids Englishの生徒よりも年上の、高校生や大学生の年頃に響くのでは?と思ったんです。僕もその年代の頃は悶々としていて、いろんな不安を抱えていた時期だったので」
テーマは「好きを仕事に」。ダンスや絵を描くことなどジャンルを問わず、好きなことを形やサービスにして発信し、起業やビジネスを学ぶプログラムです。この経験で生徒自身の「好き」に気づき、将来の方向性を決めるきっかけになれば、とJunpeiさんは考えています。