「日本のウユニ湖」として、すっかり全国区の人気スポットとなった父母ヶ浜(ちちぶがはま)のある香川県三豊市。活気づく街では、次々と魅力的なゲストハウスが誕生しています。オーナーたちは皆、地元愛にあふれた人ばかり。彼らが語る宿への思いやこだわりを、数回にわたってお届けします。第4回は、四国遍路の心強い拠点となるべく、快適でリーズナブルな宿を経営する藤田誠二さんです。
安くて快適で、ホスピタリティあふれる宿を目指して
瓦屋根の立派な門にかかるモノトーンの暖簾。老舗のような門構えですが、ここ「BED N CHILL 七宝屋」は2019年にオープンしたばかりのゲストハウス。一棟貸しの宿が多い三豊の中で、個室に加えドミトリー(相部屋)も併せ持つのが特徴ですが、そこにはオーナーの藤田さんの強い思いがありました。
「宿の原点となったのは四国遍路。20代の頃に趣味で歩き遍路をしていた時に感じたのが、安く素泊まりできる宿がとても少ないということでした」
その後、会社を辞めてカナダ留学をした際に、様々な国を旅してゲストハウスに泊まった経験から、自分も宿を始めたいという気持ちが高まったといいます。
「とりわけ、ブラジルで民泊した際のホストがすごく親切だったのが心に残って。本来の部屋の提供だけじゃなく、ガイドブックにない色々なところに連れて行ってくれたことが、旅の思い出を素晴らしいものにしてくれました」
こんなふうに、温かいホスピタリティと共に、お遍路さんや外国から来るお客さんが安心して泊まれる宿をつくりたい。こう決意した藤田さんは、帰国後に地元の三豊市で準備を開始。空き家バンクで見つけた築50年ほどの物件を改築して、ゲストハウスを開業しました。四国八十八カ所霊場70番札所・本山寺(もとやまじ)と71番札所・弥谷寺(いやだにじ)の間にあり、ここを基点に他の数カ所のお寺も巡ることができる格好のロケーションです。
新築した宿泊棟は、1人旅でも不自由なく快適に旅してほしいという藤田さんの思いが具現化されています。ドミトリーのイメージを一新する、開放感たっぷりの空間が清々しい! 天井が高く、ベッドもセミダブル幅なので、2段ベッドとは思えないほどゆとりある居住スペースです。天板がベンチを兼ねた個人ロッカーもあり、Wi-Fiも完備。木がふんだんに使われているため、ほっと落ち着けます。
個室も2つあるので、ファミリー滞在も可能。洗面所やトイレ、シャワールームは共用ですが、明るく清潔に保たれているので、気持ちよく過ごせそうです。
「赤ちゃんからお年寄りまでウエルカム。ひとり旅、カップル、家族など、どんな方にもオープンな宿でいたいです」
人と人との交流が、ゲストハウスの醍醐味
あらゆる人に開かれた七宝屋ですが、ルールもあります。それは、宿泊棟内での飲食禁止。飲食は隣接する母屋の共有スペースで、とゲストにお願いしています。これは、交流したい方、お休みになりたい方、どなたにも快適な宿の時間を過ごしてほしいからだそう。
「ゲストハウスの醍醐味は、人と人との交流にあると思っているので。もちろん、家族でゆっくりしたいという方とは距離感を配慮しますが、僕がつなぎ役になってお客様同士の交流を促すことも多いですね」
ゲストの滞在中、藤田さんは母屋にずっといるので、旅の相談ごとはいつでも聞いてほしいとのこと。お遍路さんへの道案内や寺の情報提供はもちろん、言葉で不自由している外国人客に次の宿をとってあげたり、長期滞在者に様々な観光や体験プランをアドバイスしたりと頼もしい限り。
「一般的な旅行者の方にも、幾つかの札所を巡るお遍路ハイキングのプランは好評です。願掛けなど大仰な目的がなくても、のどかな遍路道をひたすら歩いていると、いつの間にか心が無になっていく。心が浄化されるような感覚で、リフレッシュできますよ」
お遍路文化をもっと広めていきたいと、藤田さんの言葉に熱がこもります。
数え切れないゲストとの思い出の中で、とりわけ印象に残っているのは、オランダから歩き遍路に来ていた年配の女性。足を怪我して滞在が5泊くらいに延び、リハビリがてら一緒に瀬戸内国際芸術祭を見に行ったりするうちに、藤田さん一家と家族のような間柄に。
「後日、感謝の手紙を受け取った時は、めちゃめちゃうれしかったです」
コロナ過が続く現在は、海外や遠方からのゲスト来訪は厳しい状況ですが、藤田さんは将来に向けて非常にアクティブ。ゲストハウスの存在を周りに知ってもらいたいと、地元の人たちを対象に不定期で開催している焚火イベントが好評です。
「お客様が戻ってくる頃には、地元の人とゲストとの交流につなげたいと思っています」
また、母屋の1階には、近日中に焼鳥屋もオープンする予定。海外の焼鳥屋で働いていた経験のある藤田さん自ら腕を振るうそう。「地元の人とゲストが常時交流できる場を作りたい」という願いが形になりつつあります。
取材が終わって車で立ち去る際、道端まで出てきて、姿が見えなくなるまで大きく手を振り続けて見送ってくれた藤田さん。さり気ない気遣いが、じんわり心に染み入りました。