“開発で失ったもの”ってなんだろう?ソロモン諸島から帰国して、まちづくりに取り組む渡辺督郎さんが見つけた「ほんとうの豊かさ」とは?

“開発で失ったもの”ってなんだろう?ソロモン諸島から帰国して、まちづくりに取り組む渡辺督郎さんが見つけた「ほんとうの豊かさ」とは?
ソロモンでの家族写真

ほんとうの豊かさを軸にしたまちづくり

「豊かさ」と聞いて、どんなイメージをもちますか?ひと昔前は、ブランドものや外車が豊かさの象徴だったかもしれませんが、大震災や新型コロナウイルス感染症拡大などを経て、わたしたちの「豊かさ」の尺度も変わってきたのではないでしょうか。

「ほんとうの豊かさとはなんだろう?」バブルで日本経済が右肩上がりの頃から考えてきた、渡辺督郎(わたなべ・とくろう)さん。ソロモン諸島での生活や議員の経験を経て、NPO法人「雪浦あんばんね※」の代表として長崎県西海(さいかい)市雪浦(ゆきのうら)でまちづくりをしています。

そんな渡辺さんが考える「豊かさ」とは? 事業の一つである雪浦ゲストハウス森田屋でお話を伺ううち、これからの豊かさのビジョンや、時代を読みながら挑戦をつづける情熱が見えてきました。

※あんばんね…「遊ばない?」の長崎弁

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ソロモン諸島で考えた。「開発は人を幸せにするのか?」

渡辺さんは、西海市生まれ、長崎市育ち。福岡での会社員生活をへて青年海外協力隊としてソロモン諸島へ赴任しました。会社員をした3年半は、バブルがはじける前。「おかしくなるくらい働いた」。利潤を上げることに最も価値を置く風潮に嫌気がさしていたそうです。ソロモン諸島で冷凍機器のメンテナンス指導をしながら、休みの日はいろんな村へ訪れていた渡辺さん。彼の目にうつったのは、「近代化」の暗い側面でした。

「首都は近代化され、若者で溢れているけれども仕事がない。だから治安が悪くなるし、ビルと車とホコリまみれ。ところが村に行くと、すごく平和。自給自足の生活をしていて、魚や貝もたくさんとれる。うらやましいくらい平和なんですよ」

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青年海外協力隊は、ソロモンの人たちと地域開発を推し進めます。けれど、「開発とはなにか?」と渡辺さんは立ち止まります。開発にまつわる寓話をしてくれました。

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開発をするのはお金を稼ぐため。ではお金を稼いでどうするのか。豊かな生活をする。では、豊かな生活とはなにか。ゆっくりと余裕のある時間を過ごすこと……。すると、ソロモンの釣り人は言います。
「おれはゆっくり時間をすごしているよ」

じゃあ、開発ってなんだろう、豊かさってなんだろう……ソロモンでの生活は、深い問いを胸に残します。任期を終え、帰国したのはバブルがはじける前。利潤を追求し「エコノミックアニマル」と言わしめた日本の姿は、渡辺さんの目に「おかしい」と映りました。就職しない宣言をして雪浦(ゆきのうら)に孫ターン。その後バブルが崩壊し、「ほんとうの豊かさ」が渡辺さんの関心事になっていました。

町議会議員をしながら、まちづくりをはじめる

そこから約30年をかけたまちづくりがはじまります。いざ帰ってきたときには、人口減が深刻な状態だった雪浦。1998年に友人の陶芸家が雪浦に移住してきたことから窯開き展を開催すると、遠方からでも人が来てくれることがわかりました。翌年、渡辺さんの発案でまちぐるみでの交流イベント「雪浦ウィーク」を開催。

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そのタイミングで町議会議員になり、「地域と一緒にやりたい」という雪浦ウィークの趣旨を理解してもらえるようになったそうです。雪浦ウィークはその後も続けていましたが、町の合併にともない辞職した渡辺さんは、再び協力隊の仕事でフィジーそしてソロモン諸島へ。遠く離れた地元への思いを再燃させたのは、国による「事業仕分け」でした。「青年海外協力隊が途上国で活躍しているのは理解するが、帰ってきたOGOBたちが日本でどう活躍しているのか見えない」と言われ、非常にくやしい思いをした渡辺さん。「やらんばいかん!と思ったわけ。」熱い思いを胸に帰国します。

年間を通じて、人が来るまちへ。コロナ禍でも負けないまちづくりとは?

雪浦に帰り、今度は市議会議員に当選。2013年には長年続けてきた雪浦ウィークで総務省の全国過疎地域自立促進連盟会長賞を受賞します。「すごいですね!」と反応すると、いやいや、と首をふります。そのとき大臣賞をとった徳島県の神山町(かみやまちょう)は、全国からサテライトオフィスが集まった地方創生のモデルのようなまち。それに衝撃を受けます。

「神山は日々まちづくりをしていて、かなわないと思った。雪浦ウィークは年1度なのに、えらそうなことを言えん」

そこで全国レベルを思い知ったことは、年に1回の活動から年間を通した活動へと大きく展開していくきっかけになりました。

翌2014年度には総務省の過疎集落等自立再生対策事業に応募して採択され、空き店舗を活用したカフェ・レストラン『ゆきや』をオープン。

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同時にNPO法人「雪浦あんばんね」を設立。今度は「長崎県小さな楽園交付金事業」で採択され、ゲストハウス「森田屋」をスタートさせます。

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2017年には東京オリンピックに向けてインバウンドを増やす「農林水産省農山漁村振興交付金事業(農泊推進事業)」に採択され、雪浦に来たら元気になる『雪浦セラピー』をコンセプトに体験プログラムをつくりあげるなど、次々と、「年間を通じて人が来るまちづくり」を実現させます。その秘訣は、「空き家活用」や「インバウンド」など、国の動きをキャッチしながら、NPO法人としてできることをしっかり作り上げていくこと。「小さなまちのNPOでも、ちゃんとできる」と確信をもって言います。

新型コロナウイルス感染拡大でぐっと宿泊客が減りますが、渡辺さんは立ち止まりません。「地域全体でまちを経営しよう!」と考え、打撃を受けた地域の魚屋、肉屋、そしてスッポン養殖所などにお願いしてゲストハウスの食事メニューに取り入れたり、瞑想やセラピーを行う人たちと連携して体験コンテンツを増やしたり。今だからこそできることを探っています。

ほんとうの豊かさを「開発」する

バブルの盛り上がり〜崩壊を目にし、ソロモン諸島での暮らしを機に、「ほんとうの豊かさ」を追い求め続けてきた渡辺さん。結局、いま見えてきた豊かさとは、どんなものでしょうか?

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それを聞くと、「心の豊かさ」だといいます。雪浦が、心の豊かさや幸福感を感じられる、文化的なまちにしていきたい、と語ってくれました。「ここをギャラリーにして……ここにデッキを作ってさ……」と語る渡辺さんは、なんだか楽しそう。「自分たちも楽しめるイベントをこれからもやっていきたい」と、渡辺さんの情熱は、新型コロナウイルスに負けずふつふつと沸き続けています。

さて、「開発」という言葉はビルを建てるなどのイメージが強い言葉ですが、もとは仏教用語の「開発(かいほつ)」すなわち「これまで見えなかったものが見えるようになる心の成長」をさします。雪浦は、ソロモンの都会やかつての日本が突き進んだ、便利で経済的な方向への開発ではなく、心が満ちていく方向に”開発”し続けるまちでした。

みなさんが「開発」したい「ほんとうの豊かさ」とはなんですか?

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