岡山県倉敷市の国指定重要文化財・旧野﨑家住宅で、4月4日まで開催されているお雛様展。毎年恒例の風物詩に、今回新しいひな人形が仲間入りをしました。寄贈されたものですが、もともとはなんと100年以上前に、野崎家から持ち込まれたものだったのです。
嫁入り道具として持ち込まれ
敷地面積約3000坪の山陽道を代表する民家、旧野崎家住宅は、江戸時代後期に製塩業と新田開発で財を成した野﨑武左衛門が築いたものです。その武左衛門の孫(息子の次男)にあたる定次郎には、2人の娘がいました。長女の照(てる)と、次女の頼(より)です。
野崎家に残る日記によると、姉の照は、美作の大地主だった石川家の石川保平と1913年に結婚。三子をもうけるも、1918年、当時流行したスペイン風邪によって25歳(数え年)で帰らぬ人になりました。その後縁談がまとまり、1920年に今度は妹の頼が嫁ぎました。このとき、どちらも嫁入り道具として、ひな人形とひな道具を、それぞれ石川家に持ち込んだのです。
100年以上の時を経て里帰り
時は過ぎること2020年。保平と姉・照の孫にあたる石川博通さんは、2人の祖母のひな人形とひな道具の寄贈先を探していました。ちょうどその頃、旧野崎家住宅がひな人形の展示会を開催していることをテレビで知り、それならば元々の持ち主だった家に返そうということで、連絡をとりました。そして2020年4月に寄贈され、修復を経て、今回の展示会で初公開となりました。石川家に持ち込まれたのは1913年と1920年ですから、100年以上の時を経て、野崎家に里帰りしたことになります。
当時の様子や、手繰り寄せた“縁”を感じて
飾られているのは、照と頼がそれぞれ持っていた一対の内裏雛に、三人官女や五人囃子など約30点。頼は生前、博通さんに「自分の人形よりも姉(照)の人形の方が良いものだ」と語っていたこともあるそうで、両者の内裏雛を見比べてみると、飾りの豪華さなどに若干の差異が見られます。また、人形や道具は全てが同じ作家のセットではなく、違う種類のものもあり、いろいろな人からもらったのであろう、当時の様子が垣間見えます。
「野崎家の家族や親戚、周りの人たちが生まれた子どもたちのお祝いとして人形や道具をプレゼントして、大事にされていて、嫁入りのときに嫁ぎ先に持って行って、持っていかれた先でも大事にされて保存されて、今こうして帰ってきたというのは、すごいことだなと思います」
学芸員の三宅功一さんは、人形が残されていなければ生まれなかった“ご縁”にも、ぜひ思いを馳せてほしいと話します。
「100年前の家と家の関係ですからね。それがまた現代になってつながる、交流を持てるようになるっていうのは、人形が手繰り寄せた縁ですよね。そういった深い縁も感じながら、見ていただけるといいのかなと思います。」
展示会場の説明書きには、「石川家で守り継がれてきたひな人形・ひな道具をこれからは野崎家で守り継いでいきます」と記されています。
国指定重要文化財・旧野崎家住宅(岡山県倉敷市児島味野)
月曜休館。入館料は一般500円、小中学生300円(土日祝は高校生以下無料)