飲食経験ゼロから“コーヒーの表現者”に 街の小さな焙煎所には、変化を恐れないしなやかさがあった

飲食経験ゼロから“コーヒーの表現者”に 街の小さな焙煎所には、変化を恐れないしなやかさがあった
「薄暗い店内でこの光に照らすのがええじゃないですか。自分で酔うというより、お客さん酔わすんですわ。演出効果は大事ですよ」と店づくりを語る白川さん

“切り替え効果”を高めるために“表現”を惜しまない

2020年、白川さんはあめつち珈琲をたたみ、5年間かけて培ってきた腕前を試そうと、高松市内に新たに焙煎所を開きます。その名も「白川珈琲焙煎所」。自身の名前を店に冠することには、多少の勇気が必要だったそうです。

「僕のつくるコーヒーってこんな感じなんですけど、みなさんいかがでしょうかっていう意味合いですね。さらけ出して問いかけるみたいな」

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焙煎、言うなれば店の「味付け」を突き詰めた結果、抽出の方法も以前のペーパードリップから布製のフィルターを使うネルドリップに。以前よりもコンパクトになった空間を活かし、じっくり時間をかけて深煎りならではの妙味が存分に表現された1杯を提供します。

抽出温度が少し低めの85度前後に設定されているのは、苦みやえぐみを抑えるため。何度も試行錯誤を繰り返すうちに「勝手に決めた」収まりどころでした。

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ぎゅっとしぼり込まれたメニューのなかでも定番品の「本日の珈琲」は、季節によってブレンドの中身を変えるのが特徴。

「コーヒーでも季節感を出したかったっていう。茶の湯だったら軸が変わったり、花が変わったりね」
「僕のイメージで『ああ、春っぽいな』ってブレンドをつくるんです。春の風が吹くんですよ。爽やかな、でもちょっと生暖かいような。ちょっと気持ちがうきっとする感じのね」

ある種、詩的とも取れるコーヒーによる「表現」を率直に楽しいと語る白川さんに、四季を問わずどんな思いを軸に店に出ているか尋ねてみたところ、こんな答えが返ってきました。

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「今日は1杯、これで納得できるコーヒーを出したいんで。この1杯飲んでったら、もう今日はいい。他のは飲みたくないって感じのコーヒー」

自身が経験的につかみ取ったコーヒーの魅力、すなわち気持ちの切り替えをもたらしてくれるアイテムとして。少し入りにくい店構えや薄暗い空間も、1杯のコーヒーの特別感をより高めるための重要な仕掛けなのです。

変わることをやめない。そんな営みが生業を形づくる

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白川珈琲焙煎所のこれまでの歩みは、常に新型コロナウイルスと隣り合わせ。オープンからわずか3ヶ月後には全国に緊急事態宣言が発出され、白川さん自身も「仕事的にはどえらい1年」だったとのことです。もちろん、慣れない土地での店舗経営にも一時影響が出ました。

しかし、さほど悲観的にはならなかった白川さん。それはコーヒーという飲み物に収まりのよさを感じていたからかもしれません。

「職業っていうかね、僕にとっては生き方なんですよ。言葉にすると生業というか。何かよりどころにしないと。ただ金稼ぐだけでの仕事では生きていけない」
「(コロナ禍で)考えること、気づくことはたくさんありましたよ。意外とみんな、ふと我に返っていろいろ考えたんじゃないかと思いますね」

自宅で過ごす時間が長くなり、生活そのものを見直す人が増えたぶん、「おうち時間」を豊かにしようとコーヒー豆の需要が伸びる。そんな事実を肌で感じた白川さんのもとには、10代から80代までの幅広い年代のお客さんが訪ねてくるといい、難しいかじ取りを迫られた1年の間にも、店は確実に地域に根づいてきたことが分かります。

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お客さんの多くは1人客で、コーヒーを飲みながら静かに過ごす人が中心。お互いの距離の近さから、自然発生的にコミュニケーションが生まれることもしばしばです。しかし、そこに確たる狙いがあったわけではありません。

「このくらいの大きさの物件だったら1人でまわせるなと思ってたら、ちょうど空いたんですよ。ここが」
「やれる場所でやれることをしようとしたら、こういう収まりになったっていうのが現実ですからね」

目の前の現実を受け入れては、柔軟に対応してきたという白川さん。コーヒーを生業にするという目的のために変化を恐れなかったことが、新しい店の推進力であったことは言うまでもないでしょう。そして、お客さんの日常に寄り添うコーヒーについても、こうきっぱりと。

「豆って、焙煎した瞬間から変化し始めるんですよ。ガスが出て油がまわって、今日と明日では状態が違うんですよ。今日は今日のコーヒーです。明日は明日のコーヒーです。それがコーヒーですよ」

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変わることをやめないのが、白川珈琲焙煎所の変わらないスタイル。新型コロナウイルスが収束し、2年、3年と時を重ねるごとに、店がどのような表情を見せてくれるかが楽しみです。

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