「瀬戸内をeスポーツの聖地に」 小さな港町から牡蠣漁師ゲーマーが世界に挑む

「瀬戸内をeスポーツの聖地に」 小さな港町から牡蠣漁師ゲーマーが世界に挑む
マラさんこと小笠原修さん

牡蠣漁師、地元の過疎化に直面する

岡山県浅口市寄島は古くから牡蠣の養殖が盛んです。ぷりぷりとした身と濃厚な味わいが特徴で、関西からこだわって指名買いをされる老舗料亭さんもいらっしゃるとか。

美味しさの秘密は、瀬戸内海と高梁川の流れにより、プランクトンが豊富な漁場。栄養豊富な海で、寄島牡蠣はわずか一年で出荷できるほど大きく育ちます。プランクトンが少なかったためか、この冬は例年より身は小ぶりだそう。けれども年明けからぷくぷくと成長し、味も大変よく、量も充分に採れています。

小笠原水産…むきの様子
小笠原水産…むきの様子

寄島は人口の50%以上が65歳以上のいわゆる「限界集落」です。人口5,000人に満たない海辺のまち寄島に、世界のゲーマーが注目する牡蠣漁師がいます。マラさんこと小笠原 修(おがさはら・おさむ)さん。「親父も、じいさんも、ひいじいさんも、みんな漁師の家系」というマラさんは、小学生のころから冬は友人の遊びの誘いを断り、家業の手伝いをしていたといいます。

とれたばか…とマラさん
とれたばか…とマラさん

「自分は絶対に牡蠣漁師にならない」と反発したこともたくさんありましたが、18歳で結婚し父親になって、牡蠣漁師になる決心がついたマラさん。不安になってきたのは25歳のときでした。小学一年生になる長男が「同級生が20人しかいない」というのです。「自分のときは80人。じいちゃんは、同級生は200人いたと言っていた。これからどうなるんだろう」。生まれ育ったまちの過疎化に直面しました。

寄島
寄島

また、寄島で漁業に携わる人たちの高齢化が進んでいることや、エイの食害など環境の変化から漁獲量と稼ぎが年々減っていることも気になりました。「70歳で漁師をやるじいちゃんを見ながら、自分はあと45年、漁師でやっていけるのか、不安になった」といいます。将来を見据え、どうにか環境を変えたいと考えるマラさんは、昔ながらのやり方を守る世代と衝突することもありました。

牡蠣漁師、ゲームに出会う

パソコン
パソコン

そんなころに出会ったのが、オンラインゲームです。はまったのは「Dota2」という5対5のチームで戦うアクションRPG。毎回違う仲間と40分間、戦います。そこで世界のゲーマーたちと出会い、視野が広がったマラさん。「自分がいる漁師の世界はほんの一部の世界だと気づいた」といいます。漁師らしい豪快な性格でゲームの世界に飛び込み、ゲームをする様子を配信するほど夢中に。あっという間に人気になりました。

寄島牡蠣は春に種付けし浅瀬で育てたあと、9月末から牡蠣いかだを深い沖へ移動する「沖出し」を行います。そして11月頭から3月までが、収穫と出荷。収穫のピークには1日に15時間も選別作業をする日もあるといいます。

マラさんが当時ゲーム配信をしていたのは、牡蠣の仕事が少ない夏でした。「俺は牡蠣漁師。冬が来たら、ゲームができないほど忙しくなる。みんな、ひと夏ありがとう。最後に牡蠣プレゼント企画をやる!」と独自に企画したのが、牡蠣がもらえる大会イベント「まらカップ」。2016年に第一回を開催して以降、今も開催を続けている、大切なイベントです。

小笠原水産…選別の様子
小笠原水産…選別の様子

牡蠣のプレゼント企画は第一回から大盛況でした。180人もの応募があり、赤字となってしまい「じいちゃんに怒られた」と笑うマラさん。けれども同じ趣味を持つ仲間に、自分が育てた牡蠣を「おいしい!」と言ってもらう経験は忘れられないものになりました。牡蠣を届けた子の母親からは「普段は『ゲームばかりして』と怒ることもありますが、『ゲームで賞品をとれたよ!』と嬉しそうに話してくれて、明るい食卓になりました。ありがとうございます」といった直筆の手紙まで届きました。

自分の牡蠣があたたかい団らんを生んでいることを知り、「牡蠣漁師でよかったと実感した」といいます。よく知っている仲間がつくる牡蠣だからこそ買いたい、食べたいという気持ちでしょう、この冬も毎日、ツイッター経由で牡蠣の注文が入るそうです。

寄島漁港に…小笠原水産
寄島漁港に…小笠原水産

「まらカップ」は全国の一次産業に携わるゲーマーの心も刺激しました。「うちの製品も協賛したい」と牧場主から牛肉が、果樹生産者からフルーツが提供され、コミュニティはますます盛り上がり、イベントは海外メディアから取材を受けるほどに。動画はYouTubeに公開され、延べ10万回近く再生されています。マラさんは、ゲームと一次産業を融合した独自のイベントの開催や、プロチームのマネジメントなど、東京・大阪を中心に仲間たちと活動の幅を広げていきました。

2018年、「いきいき茨城ゆめ国体」でeスポーツ大会が行われるなど、eスポーツが市民権を得てきた頃、「自分はゲームとの出会いで世界が広がった。過去の自分のような地方の若者たちにこそ、希望をもってほしい」と、次第に地元に目を向けるようになりました。2019年6月にeスポーツのイベント運営やマーケティングを事業とするアンカーズ株式会社を設立し、寄島に事務所を構えました。

寄島漁港
寄島漁港

各地でイベントを開催していましたが、2020年2月以降、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、予定していたイベントはすべて中止に。その一方、岡山県内の学習塾で「対面のイベントができないからオンラインのeスポーツ大会を開催したい」といった相談もあったといいます。

牡蠣漁師ゲーマーの夢

パソコンに…うマラさん
パソコンに…うマラさん

マラさんは地方におけるeスポーツの可能性について、どう考えているのでしょう。「スポーツで光を浴びれなかった人でも活躍でき、よりフラットに参加できるのがeスポーツのいいところ。これまで東京や大阪でのイベント開催が多かったですが、地方で盛んに開催することで人材をとどめながらIT系の人材を育てることにつながると思います。人と人が出会って世界が広がる感覚を、諦めそうになっている地方の若者にこそ体験してほしい」と話してくれました。

事務所の中
事務所の中

取材時、シェアハウスとなっている寄島の事務所には全国各地からやってきた20代のスタッフたちがパソコンに向かっていました。2021年、すでに中四国で数件、eスポーツのイベント開催が決まっているといいます。「これからは、魅力的な特産品を賞品にして一次産業の情報発信につなげるほか、イベントを開催し人に来てもらうことにも力をいれていきたい」と話します。

牡蠣をはじめとした特産品が育んだ、ゲーマーたちの絆と夢。「瀬戸内をeスポーツの聖地に」を目標に、マラさんと仲間たちの挑戦は続きます。その挑戦は、地域産業を守ることにもつながっていくかもしれません。

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