今の時代に足りないものを地域の昔話から掘り起こす
バリでは影絵は現実と非現実の間をつなぐものとされている。影絵は私たちの日常にある見落とされているなにかを、人々に再認識させるための役割も担うのかもしれない。日本で影絵をしていても、バリの伝統芸能の修業を今も続けているつもりだと川村さんは言う。
「昔話ってただのお話として聞かれがちなんですけど、どうしてその昔話が生まれたのかまで考えると、やっぱりその場所にその昔話が生まれるべきなにかが起こっていたんだと思います。でも、今は人の生き方が随分変わっちゃったので、なかなかそこまで想像ができないんですよね。全国でフィールドワークすると、どこもテレビ、洗濯機、掃除機が登場する1960年代に大きな変化が起こっているんです。その変化が起こる前にあったなにか大切なものがなくなったことによって、僕らは今すごくもの足りなさを感じているんじゃないか。それをなんとか全国で抽出しようと活動しているつもりです」
亀は神様だから打ち上がった時は、酒をあげて海へ返す
2020年3月には小豆島にある福武ハウスとのプロジェクトが始まった。福武ハウスは小豆島の北東部、福田地区に位置し、廃校になった福田小学校を拠点としている。アジアの文化交流のプラットフォームを目指し、福武財団が立ち上げたアートギャラリーである。
本来は3月から川村さんが現地入りして、福田地域のリサーチ、地域住民に向けてWSを行う予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、プロジェクトの前半はオンラインで行うことになった。
福武ハウスのスタッフが現地と川村さんを繋ぎ、画面越しで地元の方にインタビューをしたり、WSで影絵の作り方を指導したりした。
「オンラインでのWSは昨年が初めての試みでした。結果的に無事作品を作り上げられたのでよかったけれど、本当に難しかったです。やっぱりオンラインでは情報の共有はできても、経験の共有ができないんですよね」と川村さん。
9月下旬には現地に入って、3日間だけ直接リサーチした。
「オンラインではなかなか民話を聞き出すことができなかったのですが、いざ現地でリサーチを始めて目的地に向かう船に乗ると、5分ぐらいでできたんです。船に乗っていた地元のじいちゃんが岸の方を見て、急に昔話をはじめたんですよね」
日本各地でフィールドワークをしてきた川村さん。陸地で生きる人たちは比較的物語ることが多いのに対し、海で生きる人たちはあまり語らない印象があるそう。それでも民話や神話としての認識がないだけで、問いかけ続けていると、漁師から「亀は神様だから打ち上がった時は、酒をあげて海へ返す」というような不思議な話が出てきたという。
現地で聞いた昔話をもとに、川村さんが物語を構成し、ワークショップに参加した子供や大人たちに影絵人形を作ってもらった。本来は観客を集めて福武ハウスの体育館で上映する予定だったが、コロナ禍により上演は福田の住民向けに人数を制限して行った。後日、会場に来れなかった島内外の方に向けて当日の影絵上演の動画を配信した。