冬の代表的な星座、オリオン座に輝くふたつの一等星。青白く輝く「リゲル」は和名が「源氏星」。一方、対極に位置する赤く輝く「ベテルギウス」は和名を「平家星」といいます。昔から日本でもなじみ深い星だったのですね。どうして星に、色の違いが生まれるか、ご存じですか? 秘密は星の温度。青い星ほど高温の星なのだそうです。
実はこの知識、和菓子から学びました。
“天文のまち”岡山県浅口市にある岡山天文博物館で見つけた、「天上コハク」というロマンチックなネーミングの、キラキラ輝くお菓子です。たまご型のケースを開けると、色とりどりの星のかけらが詰まっています。
赤色を口に入れると、ベリーの風味が。寒天を煮溶かし、お砂糖と色素を加えて結晶化した表面はサクっとした食感で、目でも舌でも楽しめます。さらに、パッケージには星の知識も詰まっています。
このお菓子の作者を訪ね、岡山県浅口市金光町大谷地区、金光教本部の門前町へ。金光教の関連施設や、お土産屋、飲食店などが並ぶレトロな町並みには、古くから多くの参拝者が訪れます。
門前町の大通りにある小さな和菓子店、「小川屋」を訪ねました。
「天上コハク」の作者は、小川屋の小川芳江さん。小川屋は芳江さんのお父さんが代表をつとめ、店頭では芳江さんのお母さんも対応してくださる、家族経営の小さな和菓子店です。おもに全国から来られる参拝者向けに、まんじゅうやせんべいを作って販売しています。
昭和15年創業。洋菓子と和菓子を両方作って販売していた時代もあり、芳江さんは幼いころ、おじいさんがケーキを作っていた様子をよく覚えていると言います。次第に参拝者が増えていき、まんじゅうとせんべいに特化したお店になりました。近年は参拝者が減少、芳江さんは「参拝者に限らず多くの方に来てほしい」という願いを込めて、オリジナルの和菓子作りにチャレンジするようになりました。
浅口市は晴天日数が四季を通じて多く、大気が安定しており、天体観測にとって国内の最適地として、1960年に日本最大級の望遠鏡を備える天文観測所が開設されました。2018年には世界一大きな望遠鏡「せいめい」が京都大学付属施設として設置され、岡山天文博物館がリニューアルオープン。一般の人でも宇宙を気軽に体感できます。
芳江さんは、天文博物館がリニューアルした頃から天文をモチーフにしたオリジナルの和菓子を開発。天文台の焼き印を押した直径18cmの「天文台せんべい 星影」や、夏季限定の創作手作り水ようかん「星物語」、そして今回ご紹介する「天上コハク」と、どれも天文のロマンチックなイメージがダイレクトに伝わるお土産品です。「興味をもってもらうきっかけは、やっぱり見た目。こだわりの甲斐あって、SNSで写真を見て訪ねてきてくださる方もいらっしゃるんですよ」と話します。
「天上コハク」は2020年春から試作を重ね、夏の終わりに商品化にたどり着きました。お客さまと店頭で、SNSで話題になっていた伝統菓子「琥珀糖」の話で盛り上がり、ヒントを得ました。商品の日持ち、パッケージなども試行錯誤。中でも色と味にこだわったといいます。青と赤に輝く源氏星と平家星、そして黄色く光るカノープス(諏訪星)をモチーフにし、岡山天文博物館に来た人たちが星について学べるようにと、星の色の違いや和名についての解説をパッケージに盛り込みました。
芳江さんは高校・大学で調理について学び、管理栄養士の資格を取得したのち、社会人になって働きながら製菓の専門学校に通ったという経歴をもちます。最初は店を継ぐつもりだったわけではなく、それでもケーキを作っていたおじいさんとの楽しい思い出から、洋菓子店で働きたいと思っていたそうです。小川屋は和菓子店ですが、洋菓子についても和菓子についても一通り学んだ知識が、商品開発の発想の種になっています。
「天上コハク」は岡山天文博物館のオリジナルパッケージで、実は小川屋店頭には「季彩琥珀」という別の商品が並んでいます。こちらは、冬はコーヒー・シナモン、夏はミントなど、季節ごとに味と見た目が変わっていく予定です。こういった細やかな仕上がりの調整は、小さな和菓子店でひとつひとつ手作業で作っているからできること。
「天上コハク」も「季彩琥珀」も、芳江さんがひとりで寒天をくりぬき、乾かし、数日待って乾燥具合を確認し・・・と愛情込めて作っています。季節や寒天の仕上がり具合によって、乾燥させる日数は変わってくるのだとか。芳江さんは「思い通りにはならないのが、和菓子づくり。『ここで完成』というタイミングはなくて、毎回、少しずつ仕上がりも違います。今でも毎日学びながら、商品を高めていっている気持ちです」と話してくれました。
きらめく星空を家まで持ち帰って、温かい飲み物とともに味わえる「天上コハク」。星のかけらひとつひとつに、小さな和菓子店のまちへの思いと、和菓子づくりへのこだわりが詰まっています。