岡山県奈義町の吉野神社境内に掲げられた、横幅2メートルほどの絵馬には、2021年の干支である丑(うし)が大きく描かれている。
「優しさが溢れた作風。現代画家らしく斬新であり素晴らしい絵馬となった。」と宮司も絶賛する。
その絵馬を奉納したのは、町内在住の画家、花房紗也香さん。
「丑をテーマに描く、文字を入れるというリクエストがあったので、遊びを加えた作品に挑戦しようと思い、写真を転写するなど自由に描きました。今まで描いていた作品とは違うスタイルになりますが、自分にできることで、手伝いができたらという思いで描きました」
こうした取り組みにも表れているのが、花房さんが大切にしている「受け入れて肯定する」という考え方。
絵画教室の講師などとしても精力的に活動する花房さんに、その思いについて尋ねてきた。
自分の中から湧き出る”個性”を肯定する
アクリル絵の具と油絵の具を併用しながらの作品。花房さんの絵は、水彩画のような淡い、柔らかい印象を与える。
「淡い顔料で描くと私の描き方だと弱くなります。油絵という強い素材を使うことがちょうどいいんです。『油絵がすごくやりたい』からのスタートではなく、自分が持っている描き方やクセが活かされ、個性・感性が一番引き出されたのが油絵でした。」
テーマは一貫して「内と外」。窓、鏡、画中画(絵の中に絵がある)というフレームを手掛かりにして、中と外を描く。
「室内風景を軸にしながら、他の世界を取り入れて、1つの世界に混在させることをテーマに描いています。油絵の具を使った独特のタッチなどは、自分がこう描きたいという意志で描いているというよりは、描いているうちにそうなってしまう”個性”なので、湧き出てきたものを肯定的に反映させていっています。」
作品の中に「画中画」が入ってきたのは、大原美術館(岡山県倉敷市)が開いた「Artist in Residence Kurashiki, Ohara(アーティスト・イン・レジデンス 倉敷、大原)」での滞在制作プログラムの時。花房さんは若手アーティストとして選ばれ、2015年、倉敷に3か月間滞在しながら作品を制作した。これが岡山との初めての出会いだった。この倉敷での生活からも学んだことがあるという。
「倉敷での3か月間は美術館、アトリエ、家の三角形の往復生活でした。「アトリエ」という作品が生まれる場所と、「美術館」という作品が他者に見られ社会に認知される場所という、「絵画の人生」を考えるようになり、作品の中に「画中画」が入ってきました。滞在先の外の風景が絵に直接出てくるというよりは、いろんな人に出会い、新しい価値観に触れ、じっくり考えて、それが自分の中で消化された時に、作風が少しずつ変わっていく可能性は高いです。」
周囲を受け入れて肯定する
学生時代から数々の賞を受賞してきた花房さん。
「賞を受賞することで「審査員に気に入られているだけだ」と周囲に妬まれたりしても、芸術は絶対的な正解があるわけじゃないから、否定もできませんでした。しかし、その思いを原動力にして、賞をとる以上の実力をつけていけばいいかなと思っていました。」
学校を卒業後はアトリエを求めて国内外を飛び回り、スイスやフランスなどでの滞在制作もしてきた。制作場所にあまりこだわりはない。
「何事も、自分にこだわって、こうじゃないとダメと積極的につかみとってきているというよりは、自分の意志とは違う要素が反映され、その要素を受け入れて肯定している感じです。社会とつながって制作活動をするには、変わる・変える必要があります。受け入れるということが社会との関わりだと思っています。」
自分の立場でできることを
結婚を機に神奈川県から奈義町に移住してからは、自身の作品づくりに加え、毎週水曜日と土曜日は自分で考えたカリキュラムに沿って、Atelier Branc(アトリエ・ブロン)という絵画教室を運営している。
「子どもが好きで、絵画教室や小学校受験対策の教室のアルバイトの経験はありました。でも、奈義の人が絵画教室に求めるものがわからないので、受け入れてもらえるかな、自分のやり方と奈義の人のやり方が一致するだろうかと、不安な気持ちが強かったです。実際にやってみると、生徒からも「こういう場があってよかった!」と言ってもらい、楽しんでもらえて安心しています。文化体験ができる場や触れる場が少ないからこそ、画家という自分の立場でできることをやっていきたいです。」
教室では、生徒に「楽しい」を体感してもらうだけでなく、作家さんの本を広げ、様々な作品に触れる機会をつくる。
「選択肢がないと選択できないのでいろいろなものを提示するようにしています。将来美術の道に進んでほしいわけじゃなく、絵画をツールとして、人生の選択肢のひとつ、経験のひとつとしてとらえ、新しい価値観に出会う場になったらいいなと思っています。」
芸術は難しい、特別なものという壁をなくし、直接的に絵を描かなくても、誰もがもっている個性や感性を引き出し、美術と社会のつながりを感じてもらいたいという花房さん。
受け入れることで世界が広がるという大切な思いが、様々な活動に込められていました。