腸内環境の改善、免疫力アップに役立つと言われ、昨今注目されている発酵食。和食に欠かせない醤油、味噌、みりん、日本酒、酢などは、まさにその代表格。
加熱した米、大豆、麦をコウジカビで繁殖させた「糀(麹・こうじ)」で発酵させて造ります。この糀に日々向き合い、その魅力を伝え続けている人がいます。総社市で「糀の食卓 さしすせそ」を主宰する逸見(へんみ)まりさんを訪ねました。
体が喜ぶ、自家製糀調味料たっぷり野菜料理
背後に山を抱くのどかな風景にたたずむ古い一軒家、そこは逸見さんが営む食事処「糀の食卓 さしすせそ」。調味料からお茶に至るまで丁寧に手作りし、滋味豊かな料理を提供しています。
料理には季節の野菜をふんだんに使い、すべて塩糀、醤油糀、オリーブオイル糀といった自家製の糀調味料で味付け。食前の糀水に始まり、締めのデザートまで、手のかかった料理の一品一品は、どれもやさしく深い味わいです。
2019年3月にオープン。その評判は口コミで広がり、健康志向の人々が通う話題の店として知られています。
姉の病気が教えてくれた、食と健康の関係
逸見さんは2018年3月、乳がんを患った姉を支えるため、長年暮らした京都から岡山に移住。それまでは百貨店の紳士服売り場で働くかたわら、妹の体調悪化をきっかけにマクロビオティックを勉強したり、パン教室や味噌作りのワークショップに参加したり。そこで知り合った農家を通じ、子どもたちにスーパーでよく見るカット野菜ではなく、野菜本来の姿を伝えたいと八百屋を営んだこともありました。
岡山に移住後は、京都で得たさまざまな知識を生かし、姉の食生活をサポート。当時、注目していた糀を意識して料理に取り入れ、食生活そのものを見直すうち、姉の体調はみるみる改善しました。
「人間の体には自然治癒力が備わっている。そして、食はその手助けができる」と実感した逸見さん。この経験により、逸見さんは糀や発酵の知識をさらに深めていくことに。そして、多くの人々に「糀を通じて、かつて日本人が大切にしてきた豊かな食文化を伝えたい」という思いへつながっていきました。
人生を決めた糀と発酵の魅力
「糀をつくる元になるコウジカビは、もともと身の回りの土壌や植物の表面など自然環境に存在する日本固有のもの。昔の人たちはこの発酵の力を自然から学び、味噌や醤油、酒などを造ってきました。まさに自然との共存のなかで大切に育み、食に生かしてきた。2006年にコウジカビが『国菌』に認定されたゆえんです」と逸見さん。
糀は発酵過程で人の体に有益な栄養素が増えたり、うま味が増したり、食材を柔らかくしたり、胃腸の働きを助けたりといいこと尽くし。
「糀は生き物なんです。1日、2日と発酵が進むにつれ、味も様子も変わります。発酵する時のプクプクという音、目で見た時の様子、食べた時の味、匂い。その変化はワクワクするほどおもしろい」と目を輝かせます。
また、発酵していく過程は人生と同じと話します。
「味噌は10年、15年と時間が経てば、色も変わるし香りも味も変わる。年を取るごとに深みが増す、人の人生とよく似ているな、と思うんです」。
家庭の食卓を笑顔で満たし、次の世代に繋げたい
週末には「糀発幸料理教室」を開催し、糀水、塩糀、糀納豆などの作り方や使い方を教えている逸見さん。その背景には、この店が忙しい日々のなかでつい忘れがちな「自分たちが口にするものを大切に、丁寧に考える」ための気づきの場になれば、という思いがあります。
店に来て料理を食べ、教室に参加し、塩麹や醤油糀を学び、得た知識で家庭でも一品作ってみる。おにぎりや味噌汁だけでもいい。親が手をかけたものを味わい、会話が生まれ、子どもたちの記憶に残れば、それは文化をつないでいくことになる。そんな小さな行動の変化が生まれることを、逸見さんは願っているのです。
今後は、より若い世代にも糀の魅力や糀にまつわる日本の食文化を伝えたいそう。現在、不定期に行っている子ども対象の味噌作り体験を小学校でも行ったり、これから子どもを持つ若い人たちに料理教室などで食への興味を喚起したりしたいとのこと。逸見さんの食への思いはますます高まっています。