「学生時代は国語が大嫌いで、読書なんて考えられませんでした。本を読むようになったのは、30歳近くになってからです」
そう語るのは『まいばら 本と人をつなぎ隊(以下、本と人をつなぎ隊)』の代表、久保田吉則さん。6年前に滋賀県の米原市立図書館の協議会に抜擢され、今ではさまざまな活動をされています。しかし、若い頃には本や図書館とは無縁の生活だったそう。
そんな久保田さんが、今では老人施設に本を届けるボランティアに取り組み、お年寄り向けの対話型鑑賞会『出向くアートサロン(以下、アートサロン)』を開催しています。
つなぎ隊代表の久保田さんは、どのようなきっかけで図書館の協議会に抜擢され、ボランティア活動をするようになったのでしょうか。詳しい話を伺いました。
「いつか壁にぶつかるよ」と手渡された紙袋に入っていたものは…
大学卒業後、銀行に勤めていた久保田さんは、コミュニケーション能力も高く営業成績もよかったといいます。しかし、ある会社の社長さんに「久保田君、このままじゃ君は壁にぶつかることになるよ」と言われます。
「机の上に『どんっ』と紙袋を置かれたため『何かおいしい物でも入っているのかな?』と思ったら、吉川英治さんの『三国志』全10巻セットでした。それを2ヶ月後までに読んでこいと言われまして…」
とにかく国語が嫌いで、本を読むのも嫌いだった久保田さん。しかし、仕事の兼ね合いもあり、読まないという選択肢はありませんでした。
「それが、読み始めたら面白くて。時間を忘れて夢中でページをめくりました。今までは本当に考えられなかったことです。本の素晴らしさに気づいたので、子どもたちにも本を読むように言うようになりました。今では家族全員が本好きです」
久保田さんはそれから本を読むようになり、仕事のうえでも大きな変化があったと言います。
「本を読むようになり、インプットとアウトプットの重要性を実感できました。下世話な話しかできなかった若い頃とは違い、深みのある会話ができるようになったと自負しています」
大きな講演会やゴルフコンペなどの司会で、久保田さん自身が講演をする機会も増えたそうです。仕事のつながりも広がり、本の楽しさを教えてもらえたことに感謝していると語ってくれました。
米原市立図書館の協議会への抜擢
さらに転機が訪れたのは、約6年前のことでした。米原市立図書館の館長が突然自宅を訪問し、協議会の委員になってほしいと告げられたそうです。当時は抜擢された理由には心当たりがなかったとのこと。
「どうやら、2人の子どもたちが幼い頃、よく家族で図書館に通っていたことを館長が覚えていてくださっていたようです。当時は右手に30冊、左手に30冊持って通っていました。米原図書館は一人15冊まで一度に貸し出し可能なので」
図書館の協議会は、主に市民(とくに子どもたち)の読書推進を図るための計画書を作成し、図書館の役割や方向性などを協議するための団体です。
テレビやインターネット、スマホなどの普及により読書離れや図書館離れが全国的に顕著になっています。読書離れや図書館離れに歯止めをかけるべく『本と人をつなぎ隊』が結成されました。
コロナ禍に発足した『本と人をつなぎ隊』
米原市立図書館では、団体貸し出し制度があります。団体のスタッフが図書館に来館すれば、30冊までの書籍を借りられるシステムです。とくに多く利用していたのは、老人介護施設でした。
これまでは正常に機能していた団体貸し出し制度でしたが、コロナ禍には利用団体が激減。その理由は、介護施設のスタッフがさまざまな対応に追われるようになり、図書館に出向くことが難しくなったためです。
「施設に書籍を持って行ってほしいという話になったのですが『図書館では一部の施設に本をお届けすることはできない』と言われました」
本を届けてほしいという団体がコロナ禍に増え、米原市の協議会で大きな議題として取り上げられました。図書館では対応できないとのことで、協議会の委員であった久保田さんが代表を務めている『本と人をつなぎ隊』で取り組むことになったのです。
『本と人をつなぎ隊』では、これまで小学校での本の読み聞かせを中心に活動をしていましたが、本を介護施設に運ぶ活動が加わることになります。
その後、ただ本を運ぶだけでは面白くないと考えて始めた企画が『滑舌トレーニング』や『アートサロン』でした。
甘いもので釣られた水彩画との出会い
久保田さんの趣味は水彩画ですが、若い頃からの趣味ではありません。本格的に水彩画を描き始めたのは最近のこと。きっかけは、数年前に、お子さんがお世話になっていた子ども食堂に、奥さんと一緒に行ったことだったといいます。
「『子ども食堂の旦那さんって、小学校の校長先生だったらしいよ。月に1回、水彩画を楽しむ会を開いているらしいから、行ってみない?ケーキも食べられるらしいし』と、妻に誘われて参加することになりました」
甘いものに目がないという久保田さんは、ケーキセットに釣られて月に1回の水彩画を楽しむ会への参加を決めたそう。
「絵なんて、学校を卒業してから一度も描いたことがなかったのですが、やり始めたら面白くてはまってしまいました。続いているのは私だけですが…」
久保田さんは精力的に作品を作り続け、やがてギャラリーで個展を開くまでになります。
本と水彩画の融合『アートサロン』を開催
『本と人をつなぎ隊』として、図書館と市内の各施設への橋渡しを続ける久保田さん。施設の貸し出しリクエストを見ていると、塗り絵や折り紙などに関する書籍が多いことに気がつきます。
アートサロンが始まったのは、本を手渡すときの施設利用者との何気ない会話からでした。
「みなさん、絵を描いたり、鑑賞したりするのが好きなんだと気がついて『じつは私も趣味で地元の風景画を描いているんですよ。水彩画ですけどね』などと話していると『ぜひ見せてほしい』『今度、持ってきてよ』などと言われました」
ちょうど個展を開催し、施設の関係者に案内のチラシを配っていたタイミング。個展の案内を施設のスタッフに向けて配っていたところ、思わぬ反応もありました。
「せっかくだから、うちで個展のようなことをやってもらえませんか?」と声をかけてもらい、うまい具合にタイミングが重なり、現実味が帯びます。
実は、以前は米原市や隣接する長浜市で開催される芸術展に、マイクロバスで行っていた久保田さん。しかし、近年は高齢化が進み、バスでの移動や絵画鑑賞自体が難しくなり、芸術展へ行くこともハードルが高くなっています。
「そういった背景もあり、施設に水彩画を持ち込んで『アートサロン』として見てもらおうということになりました」
アートサロンでは、久保田さんの水彩画を見てもらい、昔を懐かしんでもらったり、どこの風景かを当ててもらったりしながら、昔話に花が咲く空間を楽しみます。
実際には「これはどこの風景か分かりますか?」「この山はなんという山か分かりますか?」「黄色い電車、何か分かりますか?ドクターイエローって言って、幸せを運んで来てくれると言われている新幹線なんですよ」という具合です。
大学などでは、介護される人や認知症患者がアートに触れることで、いい影響を与えると研究されています。
アートを通じて少しでも社会貢献したい
米原市内には介護施設が49ヶ所あり、令和5年まではそのうちの10ヶ所で滑舌トレーニングや読み聞かせ、アートサロンなどを開催。令和6年度にはさらに市内5つの施設から強い要望があり、現在は15ヶ所の施設で開催しています。
すでにボランティアメンバーが足りない状況のなか、ほかの34の施設からも「次年度はうちにも来てください」との要望が。さらに近隣の市の施設からもリクエストを頂くほどの人気企画になってきました。
その理由は、本の読み聞かせや滑舌トレーニングの活動からはじまり、徐々にサービスを拡大していったことにあります。現在の活動は、以下のような内容です。
- ・本の読み聞かせ
- ・アナウンサーによる滑舌トレーニング
- ・武将の衣装で自作の紙芝居を披露
- ・オカリナの演奏会
- ・クラフト作品の展示・鑑賞会(アートサロン)
今後はボランティアメンバーの拡充とともに、さらに多くの企画が立案されることが期待されます。
「これからも本やアートを通じて、少しでも社会に役立てるよう、いろいろなことにチャレンジしていきたいです」と、久保田さんは熱い思いを語ってくれました。 出典:あずみ苑『認知症の予防・改善効果も期待できるアートセラピー』https://www.azumien.jp/contents/method/00043.html#:~:text=%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%94%E3%83%BC%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%80%81%E3%81%9F%E3%81%A0%E7%B5%B5,%E3%82%82%E3%82%89%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E5%A4%A7%E5%88%87%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82