中央アジアの内陸国ウズベキスタン。昨年、日本はこの国との友好関係樹立30周年を迎えた。シルクロードの東西を結ぶ要所であったこの地をどれくらいの日本人が知っているだろう。そんな国で、市民の生活習慣の改善に務めた広島出身の保健師で、現在JICA中国で働く田口実佳さんを取材した。
保健師へのきっかけは、体調不良を助けてもらった恩返し
田口さんが保健師の道を志すきっかけとなったのは、大学の国際保健の授業。JICA海外協力隊経験者の話を聞いて面白そうと興味を抱き始める。
「学生時代は留学中の大学食堂で食中毒にあい、引率の先生に大変お世話になりました。私も日本に来日する外国の方々が困っていたら助けることのできる人になろうと心に決めました」
その後、日本に住んでいる海外の人たちの健康状態を気にかけていったそう。
戒律の厳しいイスラム教の印象が…
大学を卒業後、地元の保健センターにて、保健師として市民が対象の保健指導に従事、そして2015年3月にJICA海外協力隊に応募。ウズベキスタンへと派遣される。
任務地は首都タシケントの南西120Kmにあるシルダリヤ州の州都グリスタン。任地では川が近くに流れていたが取水制限があり、また冬場はガスや電気がたびたび止まった。市場(バザール)では、修理屋さんが説明書の無い体重計やオイルヒーターを直していた。物が壊れたら修理して再び使っている人が多くいることを知り、サステナブルな日常を垣間見ることができた。
ウズベキスタンはイスラム教の国だ。当初、田口さんは戒律が厳しいイメージを持っていたが、知人の結婚式でウォッカやワインを飲みながらウズベク人が3、4時間踊り続けている様子を見てとても驚いた。「あなたも踊りなさいよ!!」と、なみなみ注がれたグラスを片手に踊らされた。「結婚式ではきれいに装飾された女性陣を目に、眉毛が濃い方が魅力的で美しいと思われていて、日本との美意識の違いを感じて面白かったです!」
洋ナシ体型の私がリンゴ体型の国民にアプローチ。どんどんやってみよう!
田口さんのJICA海外協力隊としての活動内容は、住民への生活習慣病予防の啓発活動と看護師のスキルアップ。隊員としての活動が始まって早々、日本とは大きく異なる、現地の生活習慣を目の当たりにする。
田口さんが派遣された都市、グリスタンでは多くの人が肥満体形だった。「私は洋ナシ体型ですが、グリスタンの人々はお腹周りに脂肪のついたリンゴ体型肥満が多かったですね」
現地の看護師に住民の特徴を聞いてみると、生活習慣、生活環境が肥満を誘発していることが分かった。人々は日常的に歩く習慣が無く、公共交通機関には安価に乗ることができ、食べ物は主食のパンを筆頭に、脂質、糖質、炭水化物が過多な状態だった。
こうした現地事情をもとに活動計画を定めた田口さん。「肥満を肥満のまま帰さない診療所づくり」をモットーに、セミナーを企画。初回、参加した住民はたった4人。自分が肥満という自覚のない人々に肥満について関心を持ってもらうことの難しさを痛感した。
「身の回りに肥満の人がいっぱいだから、看護師も住民もみんな肥満は問題だと認識しているけど、じゃあどうしたら肥満から抜けだせるか、具体的な方法がわからないから困っているのよ」と同僚の看護師から相談を受けた。さらに、ウズベキスタンでは街のバザールでお金を払って体重を測ってもらうことが一般的だと知り、各家庭に体重計があって日常的に体重を意識することができる日本とは異なる現状に、驚きを隠せなかった。
診療所ではとにかく色々なことを実施。健康相談、定期的な体重測定、体操教室、ヨガ等。健康相談では、ストレスを食事で解消する住民も多いことがわかった。住民の話を傾聴することを心がけ「しっかりとストレスを吐き出してもらいました」と田口さん。4人だった参加者もだんだん数が増え、談笑の時間がストレス解消の場となり、食事コントロールを自らできる住民が増えていった。
固定概念の払拭、現状を見てもらおう!
ウズベキスタンでは40代で歯周病にかかり歯を失い、歯が抜けたままあるいは、前歯がすべて金歯のスタッフが多かった。「80歳になっても自分の歯を20本以上保とう」と日本で幼少期から習う私たちにとっては驚きである。
「私がお世話になったホームステイ先の家族も夜は歯磨きをせず、朝起きたときのみ。虫歯がたくさんある子どもたちが気になりました」
田口さんが勤務した診療所のスタッフは医師と看護師のみ。「なぜ私たちが歯のことまで気にかけなければいけないの?」となかなか理解をしてもらえなかった。諦められなかった田口さんは、幼少期からの歯磨き習慣を浸透させるために幼稚園に赴き、歯磨きセミナーを開催。同僚の看護師たちにもボランティアで参加してもらい、田口さんお手製の教材、ペットボトルとスポンジで作った模型を手に、正しい歯磨きの仕方を教えた。セミナーの内容を理解できたか、参加した子どもたちにも磨き方を発表してもらった。
「子どもたちから予想以上の反響があり、とても嬉しかった。あきらめずに取り組んでよかったです」
そして、田口さんの活動が最終日に大きな形となった。配属先の院長から「ちょっとこちらに来て」と言われた田口さん。そこには小児歯科新設の看板が。田口さんの活動のおかげで、子どもたちは無料で歯科の診療を受診できるようになった。
「私の取組みが少しでも子どもたちの健康づくりに役立ってくれれば嬉しいです」
広島出身者のつとめ
ウズベキスタンで「私は広島出身です」と自己紹介すると、「広島には原爆が落ちて今も子どもが病気や障がいをもっていたりするんでしょう」と何度も言われた田口さん。
興味をもってくれる人が多くとても嬉しかったが、今の広島の様子、復興した街の様子、子どもたちもすくすくと育っていることを知ってもらいたいと、広島原爆投下の日の8月6日、そして7日に、首都タシケントにて「平和を祈る写真展」を企画した。
日本の風景や、広島・長崎の今と昔の様子の写真を展示、両日で150名の参加者が来場した。「現地での『ヒロシマ』への関心の高さを知ることができた」と田口さんは振り返る。参加してくれた子どもたちには、折り鶴の制作、広島の子どもたちへのメッセージを募集。後日、折り鶴は平和記念公園の原爆の子の像に手向けられた。
帰国後、田口さんは保健センターへの現職復帰を経て、2022年5月よりJICA中国の看護師として、開発途上国から日本に来日しているJICA研修員の健康管理を担当している。気候・気温の変化等の影響で、体調不良を訴える研修員も少なくはない。
「コロナ禍では、メンタル不調を訴える方もいらっしゃいました」
ウズベキスタンで実践した、ストレス不調を訴える患者への傾聴の姿勢を今も忘れずに研修員と向き合っている。