「皆さんのご家庭には、何個くらいのコンピューターがありますか?」
そう受講生に問いかけるのは、福井県鯖江市にある『Hana道場』で開催された「大人のためのプログラミング入門講座(以下、入門講座)」の講師を勤める内田吉紀さん。内田さんは福井大学工学部情報工学科に通う大学生です。インターンシップ生として、Hana道場でプログラミングの指導に携わっているとのこと。
現代は何もかもがコンピューター制御されている時代です。簡単に思いつくだけでも、スマートフォン、テレビ、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、自動車など。1台の自動車には30個以上、高級車には約80個のコンピューターが組み込まれています。
「小学生に同じ質問を投げかけると、最初は2個とか3個と答えるのですが、プログラミング学習をした後には20個とか30個という答えが返ってくるようになります。子どもたちにとって、コンピューターはパソコンのイメージが強いようです」
内田さんはそんな風に言葉をつなぎ、入門講座の講義へと移ります。
今回は、入門講座の講師をしている内田さんに、講座のコンセプトや鯖江市内におけるIT教育の現状について詳しく伺いました。
鯖江市のIT教育を支えるNPO法人エル・コミュニティ
2024年度からは大学受験の共通試験においてもプログラミングが導入されることが決まっています。そして、今や小学校の授業や中学校のクラブ活動でもプログラミングに取り組む時代になりました。
鯖江市内において小中学校のIT教育現場を支えているのが、NPO法人エル・コミュニティ(以下、エル・コミュニティ)です。
2012年1月に設立されたエル・コミュニティが取り組む事業は、地域活性化プランコンテスト「市長をやりませんか?」やサイバーセキュリティ分野の人材育成「CyberSakura」など。学生をはじめとする若者たちが、まちづくりをしながら学び、活躍できるフィールドを鯖江市に作る活動をしています。
エル・コミュニティが主催する事業の中でも、地域のIT教育に力を入れているのが、プログラミング教室の「Hana道場」です。Hana道場は4歳から72歳までが通うITものづくり道場として、地域に愛されています。今回開催された入門講座は、大人向けに開催されているプログラミング教室の体験版でした。
ところで、Hana道場と内田さんはどのような関係があるのでしょうか。
プログラミングに興味を持ったのは高校生の頃
内田さんは小学生のころからパソコンに興味があり、高校ではプログラミング部を作ろうと思ったそうです。しかし、部員や顧問の問題でプログラミング部を作ることができずに悩んでいました。そんなとき、他校に通う知人からHana道場を紹介してもらったとのこと。
その後、本格的な受験勉強に取り組むまでの2年間はHana道場に通い詰めたといいます。では、内田さんがHana道場で講師をするようになったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
「高校3年生の1学期頃からはHana道場に行かなくなったのですが、大学1年生の春休みにエル・コミュニティ代表の竹部さんから誘われてインターンすることになりました」
現在は、毎月2回開催されている土曜スクールと大人講座の講師として活動しています。また、大学での講義に余裕のある日や長期休暇には、平日での業務やスクール講師にも入っているとのこと。
市内の小学4年生全員がIchigoJamでプログラミングを習得
Hana道場のプログラミング教室で使用するのは、福井県鯖江市在住の福野泰介氏(株式会社jig.jp 代表取締役社長)が開発した、学習用のパソコンIchigoJam(イチゴジャム)です。
プログラミング教室は、2014年に開発されたIchigoJamから始まりました。現在のように場所を固定して教室を開講するようになったのが2015年のこと。
「私が初めてプログラミングを体験したのも、IchigoJamでした。今では、より専門的に学ぶために大学で情報工学を専攻しています」
IchigoJam最大の特徴は、OSのインストールが不要な点。電源投入直後にBasic言語が使用可能です。少ないコマンドを駆使して、ゲームを作ったり、モーターやロボットを駆動させたりしながらプログラミングを学習します。
「パソコンとプログラミングを身近に感じてほしいというのが最大の狙いです」と語る内田さん。現在は鯖江市内の全小学校の4年生がIchigoJamを活用してプログラミングを学んでいます。
さらに、2024年度からは小学4年生に加えて小学5年生も学習することが決まっているとのこと。
近隣地域からも要望があるそうですが、なかなか実現できない状況です。一番の課題は指導者不足でした。
プログラミングを指導できる大人が足りない
鯖江市では長期にわたりIT教育に力を入れてきたこともあり、現在は指導者不足はありません。しかし、2024年度からは市がさらにIT教育を強化することもあり、指導できる大人が足りない状況が予測されます。そこで開催されたのが、大人向けの入門講座でした。
「じつは、今回の入門講座は、小中学生にプログラミングを指導できる人材の育成が目的です。もし、プログラミングに興味を持たれたら、小学校でのプログラミング教室を手伝ってもらえませんか?」
内田さんは入門講座の参加者へ呼びかけました。Hana道場では2017年より講師育成講座を開催し、これまで多くの講師を育成してきたといいます。
今回開催された入門講座の内容は、小学4年生向けの授業とほぼ同じ学習内容です。プログラミングの基礎的な解説から始まり、実際にLEDを表示・点灯・点滅させたり、モニターとキーボードを使用した簡単なゲームを作ったりします。
ほとんどの参加者はプログラミング未経験でしたが、内田さんの丁寧な指導により1時間30分の講座はとても短く感じられました。後半には前半で学習した内容を応用し、参加者が思い思いにプログラムを改造して楽しみます。ゲームの難易度を難しくしたりやさしくしたり、時にはブザーを鳴らしたりしている参加者の満足気な姿が印象的です。
入門講座を経てさらにプログラミングに興味を持った場合には、Hana道場の大人向けのプログラミング教室で学べます。
Hana道場では月曜日から木曜日の夕方には主に小学生以下を対象としたプログラミング教室を、土曜日には大人向けのプログラミング教室を開校中。地元の子どもたちとも触れ合える良い機会となり、地域活動の一環としても充実しています。
ところで、IchigoJamは学習用のパソコンとして開発されましたが、じつは単なる学習用パソコンではありません。
IchigoJam Basicを応用したシステム開発も可能
入門講座の主な目的は小中学生のプログラミング学習やクラブ活動の指導者を養成することです。しかし、指導者だけでなく、趣味としてプログラミングを楽しむこともできます。
入門講座で使用したIchigoJamは机上で使用するためだけのパソコンではありません。IchigoJamの大きさは75mm×50mmの名刺サイズ。コンセプトは子どもたちがリコーダーのように持ち歩けるパソコンです。それでいて拡張性は高く、入出力の増設もできます。
また、拡張ボードを取り付けることでインターネットへの接続も可能。IchigoJam Basicを応用し、実際に制作されたシステムとしては下記の事例があります。
・獣害駆除のシステムを作成
・火災報知器のIoT機器
・バスの路線管理システム
IchigoJam Basicを活用することで、従来のシステムと同様の内容を格安で実現できるとのこと。本格リアルタイムバスロケシステム「いちごロケ」はHana道場に通う子どもたちが組み立てたシステムで、京福バスの実証実験がされました。
鯖江市は眼鏡、漆器、繊維の3大地場産業が大きな柱としてあります。そして今、第4の地場産業としてIT産業の種を蒔いている時期です。芽が出る日はそう遠くはないでしょう。