小学5年生のとき母親が難病・ALSに ヤングケアラーの経験を糧に活動する19歳の青年に迫る

小学5年生のとき母親が難病・ALSに ヤングケアラーの経験を糧に活動する19歳の青年に迫る
南光開斗さん(南光さんより提供)

突然親の介護が必要になったとき、家族は何ができるだろうか。

小学5年生のときに母親がALS(筋萎縮性側索硬化症)を患い、ヤングケアラーとなった南光開斗(なんこうかいと)さん(19)。日本ケアラー連盟によると、ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18歳未満の子どものことを指す。

南光さんは現在、自身がヤングケアラーとして経験したことを糧に社会資源の共創型総合情報プラットフォーム『Infora』を始動させる準備をしている。
現在大学1年生の彼がこの活動に目を向けたことにはどのような背景があったのだろうか。

南光さん
南光さん

小学生のとき、母親がALSに

南光さんの母親が患ったALSとは、神経が障害を受け脳から筋肉への指令が伝わらなくなり、全身の筋肉が徐々に動かなくなっていく病気だ。その原因は解明されておらず、国指定の難病とされている。

ALSの特徴は“意識はあるのに何もできなくなってしまう”こと。喋ることができなければ、体を動かすこともできない。

前触れとして力が入りづらくなり、よく物を落としてしまうことがあるという。看護師だった南光さんの母親は、仕事中に肩腱板断裂を起こし、病院で診療中にさまざまな検査からALSであることが判明した。

南光さんには3つ上の兄と5つ下の妹がいる。病気が判明したとき、妹と南光さんは現実味がなかったという。
母親の病名をインターネットで調べ、徐々に「相当やばい病気なんだ」と気づいた。
「母は看護師で近くで患者さんをみていたこともあり、特に恐れていた病気の1つだったようです」と話してくれた。

母親は最初、延命はしないという選択肢を取っていた。家族に介護させなければならないことを懸念していたという。しかし、家族はたとえ負担が大きくても母親に「生きてほしい」という思いがあり、治療を受けてもらうことになった。
南光さんは「自分たちがお願いをして生きてもらっている感覚。だからこそできることはしていきたい」と母親のケアに対する思いを語ってくれた。

母親の現在の様子について

現在、南光さんの母親はほぼ寝たきりの状態だという。ALSの特徴として、平均2、3年で寝たきりになり、体を動かすことができなくなる。最終的には自分で呼吸をすることも難しく、喉の切開や人口呼吸器の装着が必要になる。

母親も例外ではなく、発病から1年で寝たきりの状態になり気管切開をして呼吸し続けている。ほとんど意思の疎通ができず、母親の意思は介護する側の主観的な判断になっているという。

ヤングケアラーとしてのサポート

”ヤングケアラー”としてどのようなサポートをしていたのだろうか。
南光さんは自身が行なってきた介護は主に3つの種類に分けられると話してくれた。

「1つ目には身体的介護があります。体位変換やマッサージ、おむつ交換など一般的に想像されるような介護をしていました。2つ目はコミュニケーションの支援です。母の意思を尊重したいという思いが自分のなかにあったので、時間をかけて母の意思を確認しながら介護をしていました。3つ目は母や家族を含めた精神的なケアです。介護されている側の母や仕事疲れの父、介護に慣れていない兄などの感情が家のなかで錯綜していました。お互いの精神状態を保つために1日中精神が削られている状態だったと思います」

そのなかでも1番大変だったことは“母親との意思の疎通”だったという。

「何を言っているのか読み取ることが難しかったです。ALSと併発されやすい感情失禁という症状(感情を抑制できず、まったく関係のない感情が出てきたり、小さい感情が爆発したりすることもある)があり、家のなかの空気に波がありました。母の感情が昂ると筋肉が硬直してしまいケアができず、何を言おうとしているのか読み取れませんでした」

当時、父親は仕事で忙しく、兄も受験期が重なっていたことから当番制にしていたものの、南光さんと手伝いにきてくれていた祖母が主に母親のケアを担当していた。その代わり、家族それぞれの得意分野を生かしたり、祖父母や親戚が料理を持ってきてくれたりと、介護していたときはやはり家族の存在が大きかったと南光さんは話す。

また、友達については「落ち込んでいたときに『お前どうしたー!』と声を掛けてくれて『母が病気になって…』と話したこともありました。学校にいるときに変わらず接してくれたのがありがたかったです」と、周りに支えられていたことについても明かしてくれた。

南光さん
南光さん

“ヤングケアラー”について感じること

そんな南光さんに“ヤングケアラー”についてどのように捉えているのかを聞いた。

「当時はあまり浸透していませんでしたが、ヤングケアラーという言葉はめちゃくちゃ広い概念だなと思っています。ケアのかたちはさまざまあることから、この概念をひとくくりにできないなと思います。また、ヤングケアラーを広める支援やパンフレットには分かりやすくイメージが作られているものの『遊ぶことができない、勉強が十分にできない』といった偏った認識や、可哀想なイメージで描かれていることによってスティグマを生んでいると思います。私は隙間時間でゲームをしていたのでヤングケアラーとは言わないのかな?と悩んだこともあり、自分がヤングケアラーだと気づけないようなきっかけを作っているラベリングや偏った発信は危険だと感じました」

また、同じヤングケアラーとしての境遇を持つ子どもに必要な支援については次のように語る。

「家庭の状況によって個別の対応をすることが大切です。子どもがケアしていることが明らかになっている家庭へは家庭の状況や、子どもが秘めている思いを慎重に汲み取るなど、境遇に合わせた個別具体的な対応が求められます。また共通して役立つのが、当事者同士のコミュニティを持つことです。お互いのストレスの共有や、同じような環境の仲間を持つことは心強いと思います」

南光さんは中学2年生のときに自律神経失調症の一部の起立性調節障害を患い、不登校を経験している。
このときのことについて「直接、母の介護が関わっていたわけではないですが、介護・勉強・部活という新しい環境が始まって疲れてしまったのかな」と話す。

自分では気づかぬうちにヤングケアラー自身にも負担がかかっている場合もある。周りが理解し、サポートできる体制が求められていると教えてくれた。

南光さんの現在の活動

現在、ヤングケアラーとしての経験から南光さんはInforaの始動に向けて準備を進めている。Inforaはあらゆる生活課題において必要な人に必要な社会資源の情報を届けることができるプラットフォームだ。

Inforaを作ろうと思ったのは、母親の介護中、必要な情報が見つけられないという状況に直面したからだ。例えば、目の筋肉を使いコミュニケーションをとる手段として視線入力装置がある。目の動きを感知するため、話せなくても意思の疎通を図れるのだ。しかし、南光さんがこの機械の存在を知ったのもお母さんの目の筋力がほとんどなくなった最近のことだった。

「Inforaではあらゆるタイプの情報を一つにまとめることをしています。課題当事者と事業者の方が一緒に意見を出し合ったり募集したりすることで情報データベースをともに作っていける、そのようなプラットフォームを目指しています」

南光さん
南光さん

活動を続けるなかで、ALS患者さんやヤングケアラーの方から「力をもらった」「自分のときにこんなプラットフォームがあったら何か使える資源があったかもしれない」という言葉をもらうことがあるそう。なかでも1番嬉しかったのは「私も勇気をもらったから一緒に何か手伝いたい」と伝えてもらったことだった。

今後の目標について「Inforaのトピックがあらゆる課題まで広がることはとても時間のかかることですが、まずはInforaのシステムを確立させることですね。特定のトピックに沿って展開することが少なくとも特定の誰かの役に立ってもらうことを実現していきたいです」と語ってくれた。

”ヤングケアラー”の経験を胸に

最後に同じヤングケアラーに伝えたいことについて聞いた。

「当事者やそのご家庭にしかわからないことがあるので、わかった気にならないでほしいとかあると思うけれど、人を頼ることで楽になることもあると思います。人に頼ることは依存することや任せることではなく社会にある資源やツール、”手札”を使うというスタンスでいいのではないでしょうか。だからこそ、閉じこもるのではなくどんなものが使えるのか調べ続けてほしいです。頼れそうと思ったことはお願いしたり、頼んだりすることで使えそうなものを使って繋がることを諦めないでほしいです」

また、南光さんは次のようにも話す。

「家族のなかで支え合うことはとても意味のあることです。でもそれは自分の場合だと母が大好きだから家族で支え合いたいと思って自ら望んでやったことで、必ずしも家族だからといってケアしなければならないわけではありません。例えばALSの親がいる子どもは『あなたがケアしなければならない』わけではなく、それよりも先にあなたの権利があるはずです。ケアの形はたくさんあると思うので、大変かもしれないですが自分たちにとって1番幸せな生活の形を追求してほしいなと思います」

ヤングケアラーが社会問題としてスポットがあてられたのは近年になってからのこと。勝手なイメージを作り上げてしまうのではなく、ひとりひとりに寄り添ったケアが実現できるように南光さんの取り組みには多くの人が実現を心待ちにしているだろう。

【出典】
日本ケアラー連盟
難病情報センター

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