香川県といえば、うどん県。美味しい讃岐うどんが手軽に食べられる土地である。そんなうどん県にある香川県まんのう町で、「そばを特産品にしよう」というプロジェクトが活性化している。2023年9月23日には、そばの花見会が3年ぶりに開かれた。元地域おこし協力隊員で、そばのPRに奔走した仁科由恵さんを取材した。
標高900メートルの絶景
白い綿毛のような、そばの花が風に揺れている。国道438号から山道に入り、ひたすら進んでいくとパッと視界が開けた。まんのう町川東の島ケ峰地区のそば畑だ。
標高900メートルから見渡すそば畑は絶景。花見会の参加者からは「そばの花が、こんなに綺麗だとは知りませんでした」「手入れが大変そう」「初めて見ました」という声が聞かれた。
花見会を主催したのは、「島ケ峰の原風景を守る会」(高尾幸男会長)。来場者には300食の打ち込みそばが振る舞われた。そば畑のすぐ脇に立って、そばの花を眺めながら、そばをすする。絶景の効果も手伝って、そばのおいしさが何倍にも感じられた。
「今年は大勢の花見客も来てくれて、島ケ峰のそばも有名になってきました」。そう語るのは、「島ケ峰の原風景を守る会」のメンバーの仁科さんだ。2020年から3年間、地域おこし協力隊員として、そばハンドブックを編集したり、ユーチューブ番組を制作したりして、島ケ峰のそばをPRしてきた。
「私が島ケ峰のそばと出合った当時は、町の観光パンフレットにも島ケ峰の名称が掲載されていませんでした。この絶景を多くの人に見てもらいたいと思い、私も地域おこし協力隊員としてPRをサポートし始めたんです」
20ページに渡って島ケ峰を紹介
仁科さんの力作でもある、そばハンドブックは20ページに渡って、島ケ峰のそば畑の歴史や手打ちそばの作り方が紹介されている。
その内容によると、高尾さんたちは2016年から荒廃地と化していた島ケ峰の開墾を開始。同じメンバーで「そば生産振興会」を結成し、高齢者を中心としたメンバー15人で畑を耕すところから始めた。特に、8月に種まきする際の草刈りに一苦労したといい、炎天下の作業を続けられず仁科さんがギブアップしたほど。
しかし、「島ケ峰の原風景を守りたい」という気持ちと、高尾さんの温かいリーダーシップのおかげで、作業を進めることができたという。
気温の寒暖差が大きい島ケ峰は、そばの栽培最適地。2023年も8月に種を蒔き、9月下旬から10月上旬にかけて花が満開になる。その後、収穫を経て新そばが出来上がる。
耕作面積は年々増え続けており、2023年は3・5ヘクタールの畑でそばを栽培。傾斜地に棚田が広がる美しい姿も再現された。その景色には、「この土地の風景を次世代に残したい」という高尾さんたちの思いが詰まっている。
仁科さんと一緒に、そばハンドブックを開いた。「写真と文章を含む構成を私が担当して、8000部ほど配布しました」。
島ケ峰のそば粉を使って「自宅でもそばを打ってほしい」と考えた仁科さんは、そば打ちの手順を詳しく掲載。「一人前から片手鍋で作れる内容です。そば打ちは思ったほど難しくありません」と仁科さん。コツは、一つ一つの工程を丁寧に作業することだという。
うどんと同じように生地を足で踏んでいくが、その際にそば粉と水をよく混ぜて、生地を伸ばす作業を丁寧にすると、長くて切れないそばができると教えてくれた。「面白いことに、茹でて食べる時に、どれくらい丁寧に作業したのか分かるんですよ。雑になると、そばが短く切れてしまいます」と話した。
そばを食べられる店舗も2022年に開設。同町中通の「ことなみ未来館」の一角に、「天空の地 島ケ峰そば処」をオープンさせた。新そばがふるまえる12月から3月までの期間限定で、2023年は毎週土曜日に50食を準備する。初年度は、すぐに売り切れてしまうほどの人気だった。
島ケ峰のそば畑を見渡しながら、仁科さんは「そばの花は、とても上品で、見ていて心が洗われます」。うどん県でそばの特産化に取り組むことについては、「うどんと比べる気持ちはありませんが、島ケ峰の景色が好きになってしまったので、ここに来たいという一心で活動しています」と話した。
平野部では美味しい小麦が栽培できるように、山間地の島ケ峰では美味しいそばができる。うどん県のそば畑を訪れ、適材適所の輝きがあると感じた。