香川県高松市。住宅街の一角に、最中の皮を製造する小さな工場がある。髙尾最中種=もなかだね=商店。創業は1957年。兄とともに三代目として最中の皮を焼き続けている髙尾淳平さんに話をうかがった。
今年3月、最中の皮の直売店をオープン。…皮だけ?そこがおもしろい!
屋号の最中種の「種」とは?
「最中の皮は、最中という和菓子の材料のひとつで、私どもの業界では『最中種』と呼んでいます。たとえば、トウモロコシの粒に熱を加えると圧縮膨張してポップコーンになるように、最中の皮は小さなおもちを加熱圧縮して作ります。そのおもちのチップのことを『種』とも呼んでいます」。
なるほど。「最中種」といえば、最中の皮。単に「種」といえば、最中皮になる前のおもちのチップを指しているというわけだ。
最中種の原材料はもち米100%。高尾最中種商店では、もち米は基本的に地元農協から調達する香川県産を使用(一部受注先の指定米を使用するケースもある)。毎日、その日に製造する分だけを精米、製粉して皮に焼いている。
想像を超えていたのは「もち米100%の最中の皮は、ヴィーガン(※)の方にも安心して召し上がっていただける素材」という発想。なるほど確かにそうだ。そう思うと、最中の皮の可能性は無限に広がることがイメージできる。
(※ヴィーガン=食べ物は植物性の食品のみとしている完全菜食主義)
そんな最中種製造工場の脇に、最中の皮とふやきせんべいの直売所をオープンしたのは今年3月。「ふやきせんべい」というのは、最中の皮同様、もちに砂糖を加えて焼いた、軽い食感のせんべいだ。
「祖父が創業し、父がそれを守り引き継ぎました。ぼくらの代では時代に合った新しいことをして、和菓子業界や香川を盛り上げたい」と、髙尾さん。
そんな展開のきっかけになったのは、淳平さんの奥さんの存在が大きい。
「うちの家族は日々、最中種を焼くことで手一杯だったのですが、外の視点をもちあわせている妻には、柔軟なアイデアがあるわけです。いろいろな可能性を追求してみることを形にしたのが、直売所でした」。
主役は最中の皮とふやきせんべい。四角やハート型、くまの型で焼いた最中の皮、種になるおもちのチップに天然由来の色素を使った皮などのほかに、和三盆や高瀬茶を使った香川らしいオリジナルの餡も製餡所とともに商品開発した。ふやきせんべい3種は和三盆、白下糖、高瀬茶など、こちらも香川らしい風味が特徴だ。この6月からは、最中の皮にその場でアイスクリームをのせて販売するテイクアウトも開始した。イートインスペースはないが、敷地内で食べることができる。
最中といえば中はあんこ。だけじゃない自由な発想
アイス最中のように、最中の皮に詰めるのは、あんこに限らない。先のヴィーガン対応という視点が、和菓子素材から「食材」という領域に広がっていく。
「私たちにはまったくそんな観点がなかったのですが、あるとき、ヴィーガンの世界に触れる機会があり、食のこだわりや制限に関係なく、みんながいっしょに楽しめる食材であることに気づかされました。視点が変わると世界が、可能性が広がります」と髙尾さん。
時代にマッチし、誰にでも安心して届けられる。和菓子の領域をとび出すと、あるシェフがこんな可能性を教えてくれたという。
たとえば、ポテトサラダをトッピングする。マスカルポーネやクリームチーズもよく合う。そこにフルーツや野菜を加えればちょっとしたフィンガーフードにもなる。そんなアイデアを聞くと
「最中種の可能性は私たちには想像がつかないところにもある。だから自分たちはこの皮をしっかり製造し続けることが大事なのだと、改めて思いました」。
もちはもち屋ということばがある。自分たちであれもこれもと悩むより、さまざまな視点をもつ人が自由な発想で、最中の皮を使ってくれたら、可能性は広がっていく。そういう意味でも、直売所にはこれまでにない可能性が秘められている。
高尾さんの話には「業界を、地域(香川)を盛り上げたい」ということばが、度々登場した。
高齢化や後継者不足、コロナショックによる贈答品の低迷など、小規模事業者が多い和菓子業界は、いま安泰とは言い難い状況だ。けれど、いや、だからこそ、髙尾最中種商店は新しいことに挑戦した。
高尾さんがさいごに語ったのは
「私にとって最中種を焼く風景は、子どものころから当たり前に見てきた日常。この仕事をへんだと思ったことも嫌だと思ったこともなく、ほかの仕事に就くことを考えたこともありませんでした。ぼくらは時代に合ったやり方で、この伝統を守り、次のステップにつなげていきたい」
そしてさいごにもう一度「業界を盛り上げたい」「香川を元気にしたい」と意気込みを語った。話を聞いたあと、直売所は最中種の未来の入り口に見えてきた。
営業時間等はInstagramを参照。