野球人なら一度は夢見る甲子園。だが、秋の甲子園をご存知だろうか。その名もマスターズ甲子園。元高校球児が母校の卒業生チームを結成し、地方大会からもう一度甲子園を目指す大会だ。今年で20回目を迎える。この大会の仕掛け人が、神戸大学大学院教授の長ヶ原誠さんだ。
もちろん元高校球児の長ヶ原さん。鹿児島県立鶴丸高校でプレーした。だが、甲子園は遠かった。
「高校時代の思い出はやはり野球でした。硬式ボールならではの打球音やバウンド、投げる時の縫い目と指のかかり具合。私はピッチャーでした。最後の夏の大会で負けた悔しさは今でも覚えています」
大学ではスポーツ振興を専門に学び、修士課程まで進んだ後、カナダのアルバータ大学の博士課程に進学した。カナダには、何歳になっても本気でスポーツをする人たちがたくさんいたという。
「カナダにいた時に、ワールドマスターズゲームズという大会を知りました。30歳以上なら誰もが挑戦できる、もう1つのオリンピックのような大会です。1998年にオレゴン州(ポートランド)開催だったので、30歳だった私は出ることにしました。400m走にエントリー。世界陸上の会場になるヘイワード陸上競技場でのレース。一緒に走った選手には元オリンピック選手もいました」
レースは元オリンピック選手の圧勝だったが、そんな選手と共に伝統ある競技場で競うことができたことに感動した。その後、別会場を回ったところ、サッカーの会場に日本人のグループがいた。
「神奈川県のある高校の卒業生チームが出場していました。その様子を見て、高校の同窓生によるスポーツの良さを感じました。そして、野球でもこんな場面を作れないかなと。ワールドマスターズゲームズに出ることも考えましたが、日本ならやはり甲子園だろうと」
思い立った長ヶ原さんは、カナダから甲子園球場に電話をかけた。だが甲子園は簡単には空いていない。その後帰国し、神戸大学で学生に指導するようになってからも交渉を続けた。5年経って、ようやく1日だけ使えることになった。
「とにかく場所を取ってしまいました。そこから開催のために仲間集めをしました。でも見つかりません。そこで、自分の研究室の院生2人と、教えていた学部生数名で実行委員会をスタートしました」
単に甲子園に元高校球児が集まって試合をするのではなく、現役さながら地方大会を勝ち抜き甲子園を目指す形式にこだわった。甲子園は聖地。簡単に行けないからこそ価値がある。そんな思いだった。
「全都道府県の高野連に連絡をしました。なぜ卒業生の面倒まで見ないといけないのかと言われたこともあります。でも徐々に、卒業生が野球をしているとか、対抗戦があるといった情報が集まるようになりました。そこで、対抗戦の優勝チームが甲子園で試合をするのはどうかと持ちかけたんです。そうして、千葉・山口・愛媛・熊本の4県が参加。地方予選を経て、2004年11月28日にマスターズ甲子園の第1回大会が開催されました」
最も大事なところは地方予選だと長ヶ原さんは考えている。チーム参加するには、34歳以下で14人以上、35歳以上で15人以上の計29人以上を集めなければならない。多世代に渡る先輩後輩に声かけが必要だ。また、8チーム以上集まらなければ、その都道府県で予選大会を開くことができない。
各チームには、多世代、そして全国に暮らす卒業生をまとめる人々がいる。また、各都道府県には、自分が甲子園に行けるかどうかに関わらず、予選大会を運営し、代表校を送り出す人々がいる。
「各チームや各都道府県の世話役の方々のおかげで、この大会が成り立っています。私は、本当の聖地は地方球場なんじゃないかと思っています。そこでは数々の知られざる熱戦が繰り広げられてきた。そこへ、元高校球児が帰ってくる。マスターズ甲子園をきっかけに元高校球児がつながり、その輪が広がっていくことが存在意義だと思います。4県82校から始まり、いまや43都道府県713校となりました。そしてこの輪が、最終的には次世代へ良い影響をもたらすと考えています」
実際、マスターズ甲子園の参加理由は、次世代を応援したいというものが多いという。参加したことで同窓会が活性化し、現役生への寄付が増えたという話も少なくない。
2019年には、野球部復活の気運を盛り上げようとPL学園が大阪大会を勝ち抜き、桑田真澄さんらが甲子園の土を踏んだ。新型コロナウイルス感染拡大の影響で春夏共に甲子園が中止となった2020年には、各都道府県のマスターズ連盟が、独自大会開催のために寄付等の支援を行なった。
「経済面、環境面の支援もそうですが、何歳になっても仲間と野球をして甲子園を目指すおっちゃんたちがいるということ自体が、現役の高校球児たちに対して、その3年間がどれほどの価値のある時間なのか伝えるメッセージになっていると思います。まだまだ力不足で、未加盟県や、未加盟校もありますが、1チームでも多く、1人でも多くの方に参加していただけるよう取り組んでいきたいです」
2022年には、マスターズ花園(ラグビー)もスタートした。何歳になっても憧れるもの。高校球児に限らず、誰しもそんなものがあるのではないだろうか。
「夢は一度でいいという意見もあります。それは正論だとも思います。でも、長い人生。もう一回くらいプレイボールがあってもいいんじゃないでしょうか」
マスターズ甲子園2023(第20回記念大会)は、3月中旬に大会日程が決まる予定だ。