2021年3月、香川県高松市多賀町にオープンした「RICH and Creamy(リッチ アンド クリーミー)」は、フィリピン出身のオーナーが手がけるプリン専門店。「レチェフラン」と呼ばれるフィリピンプリンは、黄身だけを使った濃厚さと、しっかりとした硬さが特徴だ。ショーケースには、レチェフランをはじめ、「濃厚プレーンプリン」や、白身だけを使った「白プリン」のほか、チョコレート、チーズ、コーヒーなどいろいろな味のプリン約8種類が並ぶ。
レチェフランはお父さんの味
「私にとってレチェフラン(プリン)といえば、大好きなフィリピンのお父さんが作るお菓子。厳格な父で、子どもたちには一切手伝わせなかったのですが、私たちきょうだいは、いつもお父さんがプリンを作る様子をじっと見ていました」
そう話すのは、店主の宮脇愛(めぐみ)さん。日本人と結婚して帰化し、高松に住んで約25年になる。
「お祭やクリスマスなど、家族や親戚が集まるときには必ずお父さんがプリンを作ってくれたんです。みんな、お父さんのプリンを楽しみに集まるので、プリンがないときは全員がっかりするくらい、お父さんのプリンはおいしかった」
ところが、その味は日本人には甘すぎた。フィリピンでは大きな器でたっぷり作って取り分けるのが一般的だが、日本では個別に少量の方が受け入れられる。プリンひとつでも、食文化が違っていた。
「日本で作るプリンは、主人の要望に沿って何度も手直しした、日本人向けの味。本場のレチェフランに改良を重ねた、私だけのオリジナルです」
香川の味を取り入れたプリンも
そのオリジナリティは、香川らしさにもこだわっている。これまで使ってみた素材は、醤油豆や和三盆、小豆など。今年10月からは伊吹島(観音寺市)で昔から食べられてきたという白芋「イブキホワイト」のプリンも作り始めた。
「水分や酸味がない豆や芋類は、プリンにとても合うんです。醬油や塩といった、塩味が甘さに加わると、とても味が濃くおいしくなるんですよね」
イブキホワイトのプリンは「イブキホワイト・スイートポテト」という商品名で、店頭以外に伊吹島の瀬戸内国際芸術祭案内所でも会期中の金〜日曜のみ数量限定で取り扱いがある。この秋は「瀬戸内国際芸術祭2022」でも賑わいをみせている伊吹島。イリコの島で知られるが、白芋「イブキホワイト」を使った、愛さんのプリンも話題になっているそうだ。
「焼き芋のようなおいしさが味わえると思います。とても珍しい貴重なお芋なので、定番にはできないのですが、高松の店頭ではしばらくの間は販売できると思います」
プリンが広げてくれた世界
父親のプリンが大好きだったことから始めたプリンの店。10年ほど前から店を持つことに興味はあったが、実際に「できるかもしれない」と思えたのは、3年前の偶然のできごとがあってからだった。
あるとき、喫茶店を営む知り合いから大量の業務用の卵をもらったことがあった。数はよく覚えていないが、50〜60個はあったそうだ。
「最初は『これ、どうしよう?』ととまどったけれど、通っている教会の方々もレチェフランが好きたったので、ケーキ型で20個分くらい、作ってみたんです。もちろんそんなにたくさん作ったのは初めてです」
作業時間は実に8時間。作業の苦労よりも「あれ? 私、こんなにたくさんプリンが作れるんだ」ということに自分自身が驚いたという。これがきっかけで本気で出店することに。東京や大阪ではすでにフィリピンプリンの店がいくつか流行っていたが、香川にはまだなかったのもチャンスだった。
「店を始めて想定外にうれしかったのは、新しい出会いがあること。イベントなどの出店依頼も多く、同業者や関係者など、これまで出会うことのなかった方々との交流が本当にありがたい」という。
そして、もうひとつ。何よりうれしいのは
「家族が全力で応援してくれること。主人にも子どもたちにも本当に感謝しています」
レチェフランは、何よりも愛さんを象徴する特別なものという思いが伝わってきた。
「レチェフランは私のお父さんそのもの。そのイメージを大事にしていきたい」
日本で、香川・高松で愛されるおいしいプリンを、愛さんは今日も追求し続けている。