パンを届けて、人を幸せにする。子どもたちに大人気のキャラクター、「アンパンマン」ならぬ「あげパンマン」と呼ばれるパン屋が兵庫県芦屋市にある。自慢のあげパンを月に1度、母子生活支援施設と自立援助ホームに届けるのは、芦屋あげパン「パイクとそら」の店主・川端輝彦さん。活動を始めたきっかけと理由について、話を聞いた。
支援を始めたきっかけは、コロナ禍で見た家庭内暴力のニュース
母子生活支援施設と自立援助ホームに、あげパンを届けるきっかけになったのは、新型コロナウイルスの感染拡大。コロナ禍で人々の生活環境は大きく変わった。外出自粛により在宅時間が増加し、失業や休業により、生活不安やストレスを抱える人が増えた。
「コロナ禍で、家庭内DVの件数が多くなったという新聞記事を見ました。子どもが親から暴力を受けているといった内容や、親が職を無くし、生活苦により自殺してしまうといった内容で、すごく引っかかりました。昔から、社会に対してできることがあれば、いつか何かをやってみたいという気持ちがありました。いいきっかけだと思い、行動することにしました」
新型コロナウイルスが流行し始めてから、約1年後の2021年1月。川端さんは、「笑顔のあげパンプロジェクト」を開始する。母子生活支援施設に直接電話をかけて交渉し、受け入れてもらえた施設に、月に1度、あげパンを届けることにした。
「小さなあげパン屋なので、自分の力だけでは限界があります。原資はお客さんからの寄付。私が仲介役となり、施設にプレゼントしています」
来店客が、100円を寄付する毎にあげパンを1つ、母子生活支援施設に届けている。2022年4月からは、新たに自立援助ホームの2か所が届け先として加わり、毎月、計140個のあげパンを作り、プレゼントする。子どもたちが学校から戻ってくる夕方に、絵本の読み聞かせをする知人と同行し、川端さんの活動に賛同した近隣の書店「大利昭文堂」からのプレゼントの本も1冊、持参するという。
支援で知る母子生活支援施設の現状
母子生活支援施設は、生活に困窮する母子家庭に、住む場所を提供する施設。入所理由の約50%が「配偶者からの暴力」になっている(厚生労働省 平成29年度児童養護施設入所児童等調査)。母子には、住まいの提供の他に、自立に向けて、就労や養育の支援が行われる。
自立援助ホームは、義務教育を終了した満20歳未満の児童や、満22歳までの学生が、共同生活を営みながら、生活援助や生活指導、就業の支援を受けられる施設だ。
「母子生活支援施設では、職員さんが心身ともに寄り添いながら、社会復帰ができるまでを手厚くサポートしています。生活保護の申請やハローワークに同行したり、貯金目標を定めたり。DVのせいで、精神疾患になってしまう方もいるので、病院への付き添いもしています。『お母さん』と呼ぶと、子どものために頑張らないと、というプレッシャーになるので、『お母さん』と呼ばないようにしているくらい、細やかな心配りがされています。このような実情は、あまり知られていないですよね」
寄付額が多い時は、あげパンの原資を差し引いた金額で、入所者に必要なものを購入している。例えば、24,000円の寄付が集まって、パンを140個作ったら、パンの原資の14,000円を引いた10,000円が余る。このお金で必要なものを買うことができるという。
「妊婦さんが緊急避難してきたときは、ゆりかごと哺乳瓶、赤ちゃんの肌着のリクエストがあったので、買って届けたこともありました。男女兼用で使えて、2~3泊できるくらいのかばんが欲しいと言われたことも。使用目的は、子どもの修学旅行でした。施設で使い回しをしたいとのことで、切実だなと感じました。今、発注している子ども乗せ電動自転車は、寄付を毎月プールして、ようやく目標額に届き、購入することができました。生活に必要なものばかりです。生活への支援金は潤沢ではないのだなと感じています」
母子生活支援施設ならではの支援の入りづらさ
このような現状から、川端さんはFacebookでグループページを立ち上げた。施設の職員にグループに入ってもらい、施設に必要なものを投稿すると、それ見たメンバーが寄付できるという仕組みをつくりたかったからだ。
「SNSを使えば、簡単に物を寄付することができると思いました。僕を仲介せずに、直接、施設と物の受け渡しができたら、と思い立ち上げたのですが、思うようにいかなかったですね。『DV夫が掲示板をきっかけに、施設に来る可能性がある』といった意見があったからです。難しいなと感じています」
母子生活支援施設の現状が知られていないこと、閉ざされた施設であることに、支援の入りづらさを感じている。他に手だてがないか、現在、模索中だという。
子どもたちから、幸せをもらう「あげパンマン」
夏休みも終盤の8月24日。川端さんは、施設の子どもたちを招いて、夏休み特別イベントを開催した。
あげパンの食べ放題に、ジュースが飲み放題。「次は何味のあげパンにしようかな」「ソフトクリームを食べたらもう一度あげパンを食べる!」と、笑顔を見せながら、子どもたちは思い思いにパンをほおばっていた。食事が終わると、スーパーボールすくいの時間。ポイを何枚も破きながら、それぞれが目当てのボールを容器いっぱいにすくっていた。子どもたちの楽しそうな声が、終始、お店に響きわたっていた。
「春休みや夏休みは、せっかくの休みなのでお店に来てもらって、イベントをしています。月に1度、施設に届けに行くときも、楽しみにしてくれているみたいで、『あげパンマン』と呼ばれたときは、嬉しかったですね。私は、あげパンを届けているけれど、子どもたちからは、貰うことの方が多いです。子どもの笑顔は、プライスレスで、大きな価値がありますから」
全国に広がれ、「笑顔のプロジェクト」
もともと、百貨店のバイヤーをしていた時にあげパンと出会い、その美味しさを広めるために、あげパンの店を始めたという川端さん。今後は、百貨店に「笑顔のあげパンプロジェクト」を持ち込み、地方催事の際に、その地域の母子家庭支援施設や自立援助ホームにパンを届けていきたいという。
「母子生活支援施設は、全国に約200カ所、自立援助ホームは約190カ所あります。笑顔のプロジェクトを、全国のパン屋さん、ケーキ屋さん、お弁当屋さんなど、個人商店主にも知ってもらい、真似してもらえたらいいなと思っています。この輪がどんどん広まって欲しい。今は、子どもたちが笑顔になりにくい世の中。少しでも多くの子どもたちに、笑顔になって欲しいなと思っています」