新学期が始まると、小学生たちの体に文字通り重くのしかかるのが、ランドセル。ママタスlaboが実施した「子どものランドセルおよび教科書事情」アンケート調査によると、回答者の8割以上(3,368人)が「ランドセルが重すぎる」と感じている。
「学校の荷物が重くてツライ」……。そんな我が子を助けようとしたことをきっかけに、1人の母親が、軽くて大容量、そして環境にも配慮した次世代ランドセルを開発・販売している。
息子のランドセルが重すぎる…開発のきっかけ
次世代ランドセル「NuLAND(ニューランド)」を開発したのは、合同会社RANAOSの代表・岡本直子さん。
岡本さんは自身の子どもが小学1年生の頃、毎日重いランドセルを背負って登下校することを気にかけていた。身体への負担はもちろん、特に暑い時期は熱中症が心配になった。そんなとき、近所の小学生が「リュックサック」で通学していると知る。
子どもの負担を減らそうと、ランドセル以外の通学鞄を探した。重さ・サイズ・価格・デザイン・機能性……多くの情報を集めたが、理想を叶えられるものは見つからなかった。
そこで、理想の通学鞄が無いのなら、小学生の親の声を集め、新しい選択肢となりうるランドセルを作ろうと、自身での開発を決めた。
子どもの身体、子どもの未来、どちらも守れる製品に
岡本さんはその当時、Instagramフォロワー数79万人以上のママ向けSNSメディア「mamatas(ママタス)」の事業本部長を努めていた。そのため実際に世間の母親たちや小学生自身の声を集め、実態を知ることができた。
当時mamatas laboが実施したアンケート調査*(のべ8,094名が回答)によると、月曜日や金曜日など、週の中で特に荷物の多い日のランドセルの重さは、8割以上が「5kg」を超えていた。特に身体の小さな1年生にとっては、自分の体重の3割近い重さを背負っている計算だ。
そこで、まずは素材探しからスタート。岡本さんは、子どもの身体の負担だけでなく、子どもたちの未来も考えた「地球環境に優しい」素材であることを前提とした。これからの時代、ブランドを購入する際には「環境に配慮した製品であるか」という視点を持つことの大切さを、社会にも、そして子どもたち自身にも伝えたかったのだ。
そうして見つけたのが、古着やアパレルの生産時に出た裁断くずなどを活用した循環型リサイクルポリエステル生地「RENU®︎」。布製のため軽量化も実現でき、環境にもやさしい素材だった。
「軽い」だけではダメ 機能とデザインにもこだわり
開発にあたっては、小学生の母親たちの意見を何度も聞いた。岡本さんをはじめ、デザイナーや開発に携わったメンバーのほとんどが現役小学生の母親たちだった。
保護者へのヒアリングでは「ランドセルの奥底に、プリントやゴミが溜まりやすい」「きちんとフックが閉まっていない場合、中身が全部出てしまう」などの“あるある”な困りごとも多く聞かれた。そのため、フルオープン可能なファスナー形式を採用。ランドセルを全開にして荷物を出し入れしやすく、閉めれば荷物が飛び出す心配も無くなった。
また母親たちは、子どもが幼い頃に「抱っこ紐」を使った経験から、重いものは体幹に近いところで背負うことで軽く感じる、というセオリーを知っていた。そのため、新しい荷物として加わったタブレット類は背中に一番近いところのポケットに。そして、重い教科書類は、ブックバンドを使って背中に近いところにまとめる設計にした。
体操着や給食袋などは、ランドセルの左右サイドにかけると歩きづらいだけでなく、ひっかかり事故の原因となる。そこから「拡張できるスーツケースのようにしたい」という意見が出た。結果的に「軽いけれど、中にたくさん荷物が入る」という、NuLAND最大の特徴も、この会議の中から誕生する。
年々夏の気温が上がるなか、少しでも通気性を良くしようと、背中部分はメッシュにした。
「急な雨で、本革が濡れてしまった」「教科書までびしょ濡れになってしまった」という声も少なからず聞かれた。それで、底辺とフラップ部分は高い防水加工の生地を採用。全体も、撥水加工とした。
ランドセルの開発段階において、同時に要望が多かったのが「おしゃれなデザインが良い」「ランドセルの可愛さは残してほしい」など、デザインに関するものだった。そこで全体のデザイン監修は、小学生の子どもを持つ、著名なクリエイティブディレクターに依頼した。
とにかく「生の声」を聞き、何度も何度も試作を繰り返した。そして2021年3月、「地球環境にも、子どもたちの身体にも負荷をかけないランドセル」をコンセプトとした「NuLAND」の発売に至った。
2022年モデルではフラップの着脱を可能にすることで、最小で748gまで軽量化。子どもの肩や腰への負担を軽減するだけでなく、用途としての持続可能な社会に貢献するデザイン開発にも成功した。
ランドセルを通じて、新しい価値観、多様性を認める社会に
ユーザーからは「荷物が全部収納でき、手に何も持たず通学できることに子どもが喜んだ」「劇的に軽い上に、肩ベルトがやわらかく、食い込まないので痛くない」など喜びの声が届いた。
また、障害などで硬いランドセルを背負いにくい子どもたちにも好評だ。保護者からは「子どものランドセル姿が見たいという夢を叶えていただき、ありがたい」という声も寄せられた。
2021年3月に日本で発売された「NuLAND」は、同年11月には「SDGsランドセル」としてイギリス・ロンドンでも販売された。
また、リリースと同時に、「環境配慮型で軽量なランドセル」として、テレビやWebメディアからの取材が殺到。記者の多くが、同じように自分の子のランドセルの重さに課題を感じていた母親だった。
2022年には、一般社団法人ソーシャルプロダクツ普及推進協会の「ソーシャルプロダクツ・アワード2022」自由部門において「ソーシャルプロダクツ賞」を受賞。持続可能な社会の実現に貢献できる製品だと評価された。同団体からは「誰もが購入するランドセルに焦点を当て、買う側が意識せずとも社会を大きく変えていくきっかけになる」とのコメントが寄せられた。
岡本さんは、かつて事業本部長だったmamatas laboと共同で「ランドセル=子供の荷物そのものを軽くしよう」という趣旨で「ラン軽プロジェクト」という、1万人を目標とする署名活動もスタート。集まった署名は「置き勉」「教材のデジタル化」を推し進めるため、文科省へ提出される。
岡本さんは「ランドセルを通じて、新しい価値観、多様性を認める社会を創りたい。大人の思い込みや習慣を子どもに押し付けず、自分なりの価値観や選択肢を持って欲しい」と今後のビジョンを語った。