井上尚弥選手や井岡一翔選手、京口紘人選手らの活躍により、大きな盛り上がりをみせる近年の日本ボクシング界。その中に、異色の立場から世界チャンピオンを目指す選手がいます。ボクシングにすべてをかける男の名は、長岡嶺(たかね)。一時はお金も家も、所属ジムさえもなくなった彼が、それでも目指すものとは。
強豪で揉まれたアマチュア時代
中学3年生の頃にK-1を見て格闘技に興味を持った長岡選手が、実際に格闘技を始めたのは東京農業大学に入ってからのこと。
東京農業大学のボクシング部は、現WBO世界スーパーフライ級チャンピオンの井岡一翔選手など、これまでに複数の世界チャンピオンや現日本チャンピオンを輩出している名門です。
「甲子園優勝常連校に、野球初心者が入ったみたいな感じでした」
最初は「お前とはボクシングにかけている思いと覚悟が違う。なんで一緒に練習しなきゃならないんだ」という雰囲気があったそうですが、授業よりボクシングを優先するほど誰よりも練習することで、最終的にはみんなと兄弟のような仲になれたそう。
アマチュアのトップで揉まれ自信を得た長岡さんが、大学卒業後に目指したのはプロの世界でした。
プロ1戦目での挫折と再起
プロテストに合格し、2018年6月にプロ1戦目に挑みました。ところが結果は、0-3の判定負け。
「アマチュアでないとオリンピックに出られないこともあり、ボクシングではアマチュアの選手のほうがプロより強い場合もあります。だからプロでもいけるだろうって思っていたんですけれど、僕が未熟過ぎました」
完敗で心が折れ、18歳から24歳までのめり込んだボクシングを1度やめてしまいます。
そこからはいくつかの仕事を経験しますが、ボクシングへの情熱が尽きたわけではありませんでした。ずっとファンだった当時OPBF東洋太平洋ウェルター級王者、長濱陸さんがYouTubeに投稿していたある動画を見たことで、再び歯車が動き出します。
内容は長濱さんが引退し、沖縄のジムでトレーナーになるというもの。これを見て心の中のものが大きく燃え上がりました。アポを取って沖縄へ向かい、長濱さんに指導を受けすべてをボクシングにかける生活が始まります。
「ジムの屋根裏に住まわせてもらい、ブランクを取り戻すために仕事もせず練習ばかりしていました」
長濱さんの指導を受け、マインドの成長と無駄を省いた合理的な動きを掴んでいきました。
「目が悪くなって、初めてコンタクトをつけたり眼鏡をかけた時のような。以前の自分とは感覚が大きく違いますね」
今年3月には約4年ぶりとなるプロ2戦目に挑み、判定勝ち。プロ初勝利を飾りました。
ところがそんな矢先、新たな問題が起こります。尊敬する長濱さんがジムを辞めることになり、長岡さんも辞めることに。沖縄に持って行ったお金は使い果たしていたため、仕事はもちろん、家もジムもお金もない状態となったのです。
「生きている」という感覚を胸に
現在は長濱さんと上京、アルバイトを始め、仮の住まいは格安のゲストハウス。そしてさまざまなジムで武者修行しながら、所属するジムを探しています。まず目指すのは、チャンピオンへの登竜門とされる来年の全日本新人王決定戦へ出場し、優勝することです。
過酷な生活にも見えますが、ここまでボクシングにのめり込む理由をこう語ります。
「大学に入るまで、学校が終わったらすぐ家に帰って勉強するなど両親の言われるままに進んできました。でもボクシングは確率が低いとはいえ、下手したら死ぬかもしれない。『生きている』という感覚を味わえるんです」
現在29歳。2度目のルーキーは、本気で世界チャンピオンを目指しています。