2022年3月にリニューアルオープンした大阪府堺市にある「シマノ自転車博物館」。自転車の歴史が分かる映像や常設展示の他、特別展「自転車の旅 様々なかたち」として、3組の方の旅する自転車が2023年3月まで展示されています。この3組のうちの1組で、世界6大陸を家族で自転車旅をしている坂本ファミリーに、旅を通じて得たものや家族の変化や、今年の夏休みについて聞きました。
家族でめぐった4大陸
「家族で行くことで、同じ時間を共有し、大変なことも、楽しいことも一緒に経験する。子どもたちの成長を近くで見られることはすごく幸せなことです」そう話すのは、坂本達さんです。
父親の達さん、母親の佳香さん、健太郎くん、康次郎くん、大和くんの坂本ファミリーは、2015年から自転車で「坂本家6大陸大冒険」をしています。子どもたちの夏休みを利用して、異なる大陸の人たちや家族との触れ合いを目的に、ニュージーランド、スペイン、ポルトガル、スイス、カナダ、アラスカ、ネパール、ブータン、マレーシア、ブルネイの4大陸10か国を家族でめぐってきました。
2019年からは、第3子である大和くん誕生とコロナ禍のため、国内を走行してきた坂本ファミリー。今年の夏、3年ぶりに日本を飛び出し目指す先は、スペイン北部にある巡礼路“カミーノ”。7月19日にブルゴスという町を出発し、約40日間の家族5人自転車での旅をスタートさせました。目的地は約500km先、キリスト教三大聖地の1つである“サンティアゴ・デ・コンポステーラ”です。
「カミーノは、当時5歳だった健太郎が海外単独走デビューした場所です。健太郎も康次郎も、2016年の旅の記憶がほとんどないようなので、今年の夏、以前と同じルートでどんなことを感じ、成長した姿を見せてくれるか楽しみです」
今回初海外の大和くんはまだ2歳。安全第一を優先し、ルートが決まっているスペインのカミーノにしたそうです。
「一日に20-30kmくらい歩く巡礼者と同じくらいのペースで進んでいく予定です。前回も、他の巡礼者と毎日顔を合わせたり、数日後に会ったりと、同じ人と顔を合わせることが多いので、子どもたちも途中途中の出会いを楽しんでいました。今回の新しい出会いも楽しみです」と達さん。
当時のことはほとんど覚えていないという健太郎くんと康次郎くんは、今サッカーにはまっており、現地のサッカーを見てみたいと話します。また、康次郎くんは、過去の写真で見た、フォークがまっすぐに突き刺さった大きなクロワッサンが印象に残っており、その巨大クロワッサンを食べることを楽しみにしているそうです。
単独走から家族走へ
「坂本家6大陸大冒険」を企画したのは、ファミリーの長である坂本達さん。達さんは、小学生の時に世界最高峰の自転車ロードレース「ツール・ド・フランス」を見て以来、自転車の虜になり、広い世界を見たい、いろんな人に出会いたいという世界一周の旅の夢がありました。
家族との「坂本家6大陸大冒険」をはじめる20年前の1995年、達さんは会社員でありながら、勤務先の社長を説得して4年3か月という超異例の有給休暇を得て、自転車で世界一周5万5000km、43か国を自転車で走ってきた経験があります。その中で、たくさんの人や家族に出会ってきました。
「いろんな人たちに出会う中で、この人はどんな環境で育ってきたんだろう、どういう経験をしたり、どういう子育てをしたりしたら、こんな素晴らしい人に育つんだろうという興味がありました。また、自転車一人旅を終え、全国の学校でいろんな子どもたちに自分の経験の話をする中で、自分も家庭をもつことができたら、今度は家族と一緒に様々な経験をしたい、子どもだけでは見ることのできない世界を見せてあげたい、間近で子どもの成長を見ていきたいという思いが強くなりました」と達さん。
そんな、家族旅の夢を抱いていた達さんが、一緒に夢を叶えることとなったパートナーが佳香さんです。幼い頃から自転車が大好きな達さんに対して、佳香さんはママチャリしか乗った経験がありませんでした。
「家族旅の計画を初めて聞いた当初は、まだお付き合いをしていたわけではないので、『へぇ、いいですね~。一緒に行ける家族は幸せですね』くらいに答えていたと思います。結婚し、子どもを授かり、子育て真っ最中に、達さんが家族旅を言い出した時は、『まじか!』という感じでした(笑)」と佳香さん。
佳香さんは2015年のニュージーランドでの初自転車旅を振り返り、こう話します。
「旅を始めた当時は、毎日違う場所に泊まりながらも、ごはん作って、洗濯して……。家事は当たり前にしないといけないし、それにプラスして自転車乗らないといけなくて、大変でした。大人だけだったらなんでもいいやってなる食べ物も、子どもがいるから何でもいいってわけにはいかなくて。自転車こわい、英語分からない、メールできない、自分対男3人で、吐き出すところなくて、ストレスがたまることもありました。なんで自転車なのって何十回も、何百回も言いましたね」
そんな佳香さんの気持ちに変化が現れたのが、2017年のカナダ・アラスカの旅です。
「アラスカは自然が厳しいからか、前向きに生きるしかないって感じの環境でした。お互い助けるのが当たり前で、みんなとても優しく接してくれて、アラスカの旅がすごくよかったです。家族との旅を通じて、たくさんの人と出逢い、深い優しさを味わいました。また、たくさんの人の人生に触れる中で、私自身も自分の弱さや向き合う課題見つけたり、世界のいろんな子育てに触れ合う中で、子育てについて考えるきっかけにもなりました。毎回、子連れで自転車旅ってことを珍しがられたり、みんなが助けてくれたり、とても貴重な経験ができています」
家族旅への思い
2015年から続けてきた「坂本家世界6大陸大冒険」も今年で7年目。坂本ファミリーは、家族で自転車旅をしながら、さまざまな地域に暮らす人や家族と交流をしてきました。
達さんと佳香さんには、「世界の家族と、家族単位で出会い、ふれあい、つながることで、どんな経験ができるかを試したい。子どものコミュニケーション力、順応性、好奇心、変わっていく子どもの姿、そこにある親や社会、世界の子育てや教育などを見聞し、多くの人と共有していきたい」という思いがあります。
「ぼくは好きなことに純粋にチャレンジできる勤務先の奇跡のような理解と応援があり、本当に幸せです。また、一緒に夢を叶えてくれる妻には感謝しかありません。粘り強くて優しい健太郎、楽しく朗らかな康次郎、人が大好きな大和。世界に子どもを連れ出すことで、いっぱい失敗して、自分で考えて、いろんな経験を積んで、その中で子どもたちも魅力的な大人になっていくのではないかと思っています」と達さん。
達さんと佳香さんは旅を振り返り、「健太郎は、次どう動けばいいか何をすべきか理解し、すぐ動くようになりました。もともと人見知りがありましたが、最近は物怖じせずに行動する力がパワーアップしています。また、自分の力と弟の力の差を理解し、サポートするようにもなりました。康次郎は、人に優しさを返すことを理解し、行動に移すようになりました。いろいろなことへの興味関心があり、遊びや工作など、何もない中で考える力がついてきていると思います」と、子どもたちの変化と成長を話しました。
また、子どもたちも、「いろんな経験がたくさんできたり、友達ができたりしてよかった、昔はお父さんが決めていたルールを家族みんなで話し合って決められるようになった」「いろんな人と出会えたり、いろいろな国の食べ物を食べたり、いろいろなところに泊まれるのが楽しみ。お風呂とかの水を大事に使うようになった」と家族旅での楽しみや自分たちの変化を教えてくれました。
情報があふれる時代だからこそ、日常とは異なる環境で、親子で同じ時間を共有しながら、一緒にたくさんの本物に触れることは、家族での楽しい思い出を残せるだけでなく、子どもたちの五感を刺激し、世界観を広げ、心を育む価値のある体験であると、話を聞きながら筆者は感じました。
東京都出身。ミキハウス社長室勤務。著書に「やった。」「ほった。」、フォトエッセイ「100万回のありがとう~自転車に夢をのせて」などがある。「ほった。」は2021年から全国の中学3年生の教科書に採択されている。2015年から坂本家6大陸大冒険にチャレンジしており、その様子をホームページやSNSなどでも公開している。