「この人は、おりがみ博士」
香川県三豊市で出会った勝川東さんのことは、こんなふうに紹介された。東京大学法学部出身で、東大折紙サークルで活動していたという経歴。その実力はアートの域に達している。勝川さんの折紙ストーリーを聞いたら、わくわくする世界が広がっていた。
仕事をきっかけに香川県三豊市に移住
「半年暮らしてみて、ここは日本全国でも屈指の面白い場所だと確信しました」
勝川さんは、千葉県柏市出身。柏から離れたことはなかったが、仕事で担当している香川に住みたいと考え始めた。豊かな自然と誰にも干渉されない空間が貴重だった。お試し移住を経て、「香川県民になります」と宣言。2022年4月、住民票を三豊市に移して、初めての一人暮らしを始めた。「一人きりになれる」毎日を満喫しているという。
仕事は四国全域での自然エネルギー拡大だ。「東大生の就職活動は、自然とか環境にシフトしているんですか」と質問すると、そんな選択は、まだ少数派だという。そして、「僕は仕事と普段の生き方を切り離せないタイプです」と切り出した。
就職活動の過程で「自然・環境」という自身が大切に思う価値観にたどり着き、自然エネルギーを扱う会社を選んだそうだ。時々、にこっと笑ってみせる表情が、マスクが作る無表情をカバーして余りなかった。
東大折紙サークル時代に本出版
「おりがみ博士」と呼ばれる勝川さんだが、その作品は、見れば感嘆するほどの実力。スズメバチ、タツノオトシゴ、シャコなど、紙が生み出すとは思えない複雑さと美しさがある。
作品の蓄積は、大学時代にサークルとして出版した書籍「難しいから面白い!東大折紙」(マガジンハウス)につながった。出版の中心的役割を果たし、折紙文化を発信する面白さに目覚めた。展示会や講習会などの活動も続けている。
オリジナル折紙の商品開発も手がけた。ツルなど作品を折った時にできる展開図をカラフルにプリントしており、初心者にとっても折りやすさを目指した。
素材は、日本の竹を100%使って生まれた竹紙(中越パルプ工業製)を使っており、里山の環境問題までもが一枚に盛り込まれている。勝川さんの興味関心を集大成したような折紙だ。
折紙をすればアタマが刺激される
折紙は、幼稚園の頃に出会った。カブトムシを折れる高難度の本を両親に与えてもらうと、虫好きの少年はすぐさま折紙にはまった。小学生になる頃には、一般的には知られていない高いレベルに到達。「あいつ、折紙がうまいんだよな」という周囲の評価は、自信になった。
「一緒に折紙してもらえますか」と頼んでみたら、カバンからすぐに取り出してくれた。試しに、定番のツルを折ってみる。
会話は、折紙をすれば「賢い子になる」という体験的教育論に及んだ。幼少から親しんだ折紙が、生きていく上で勝川さんの武器になり、学力の根底になっているというのだ。
「どういう意味ですか。折紙に、どんな効果があるんですか」と前のめりに質問すると、解説してくれた。
折紙のテキストを見ながらに折っていく場面を想像してほしい。勝川さんによると、そこでは様々な力が要求される。第一に、工程図を理解する読解力が必須。そして、次の図までの過程を考える想像力、正確に折る器用さ、最後までやる集中力などである。また作っていく中で、幾何学的な素養やアレンジする独創性も身に付く。
勝川さんの場合は、より難しい作品と格闘する過程で、こうした能力が洗練されたという。折紙と学力の関連性には、高校生の頃に気づいた。
教育界では、テストで測定できない非認知能力と呼ばれており、ここ数年のプログラミングやSTEAM(スティーム)教育でも注目されている。勉強が得意になり、東大入学まで塾に行かなくて済んだのは、折紙が非認知能力を育んだためと自己分析している。
そして芸術としての折紙を模索
現在は「芸術としての折紙作品を模索しています」という勝川さん。今後も作品制作を続け、展示会などに取り組んでいく。
直近では2022年6月1日から1か月間、丸亀市市民交流活動センター「マルタス」で、勝川さんの作品を紹介する展示「世界を広げる折紙」を開く。「折紙のポジションを高めていきたい」と静かに意気込んだ。
さて、勝川さんの手元では、ドラゴンが出来上がった。「えっ、一緒にツルを折ってたんじゃないの?」と思ったが、完成したドラゴンは微妙にしっぽが湾曲していて、翼も複雑に折り込まれている。「うまいなあ」と見入った。
折紙から確実に学んでいった勝川さん。「僕は、これからの時代のロールモデルになります」と宣言してくれた。誰もが小さな入り口から、思い切り成長できる可能性を見せてくれている気がした。