2021年6月の食品衛生法の改正で、営業許可が必要な業種に「漬物製造業」が加えられた。秋田伝統の漬物「いぶりがっこ」の製造・販売も、漬物専用の加工場を設け、猶予期間の2024年5月までに営業許可を取得しなければならなくなった。
改修にかかる費用をかけてまで続けられないと多くの生産者が悩んでいたが、生産者の一人である加藤マリさんが「少しでも家庭の味を残していきたい」と、設備の整った加工場をシェアしようと立ち上がった。
いぶりがっこ作りで生き方を学ぶ
加工場のシェアによって、生産者同士で、いぶりがっこ作りの工程を分担して作業することが可能になった。また、引退を考えていた生産者たちの味を若手に引き継ぐことができるというのも、大きなメリットのひとつである。
「負担の大きい作業を私たちがカバーすることもできるので、生産者からは長く続けていけるからありがたいという声をいただいています。いぶりがっこは、販売先がたくさんあっても商品がなくなってしまうことも多かったので、今後はシェア加工場でなるべく多くの量を生産できるよう、うまく機能させていきたいですね」
シェアに踏み切った理由は、いぶりがっこを残していきたいという気持ちと、生産者であるおばあちゃんたちの生き方に心を動かされてきたからだと、加藤さんは言う。
「いぶりがっこを作るおばあちゃんたちは、腰を曲げて、手をしわくちゃにして、寒い中毎年ちょっとのいぶりがっこを作って、ちょっと売れては、喜んで……。そうやって地道な作業の中で、心を込めて販売する姿勢に感銘を受けました」
「人生そのものがかっこいいと思うし見習っていきたい。いぶりがっこを通して自分の生き方まで学ばせてもらっているんです。それに伝統の味を求めているお客さんもたくさんいますから、ここで絶やすわけにいかないな、って」
ケニアで学んだ農業の奥深さ
加藤さんが農業の道に進もうと決めたのは10年前。大学を卒業後、青年海外協力隊としてアフリカのケニアに行ったときのことだった。当時は配属先の病院で勤務をしながら栄養指導をしていた加藤さん。
健康のためには病院に通うことや薬を使うことも大切だが、まずはそれぞれが家庭や学校で栄養バランスのよい食事をとることが重要な課題であると感じた。
現地で農家に出向き、野菜の育て方や土地によって育つものの違いを知る中で、農業の奥深さや楽しさが見えてくるようになった。
様々な問題を抱えながらも前向きに暮らすケニアの人を見て、加藤さんはふと故郷の秋田を思い出し、ケニアと重ね合わせたという。
「ケニアでも日本でも、目の前にある問題が違うだけで生きていく上での違いはないと思ったとき、今まで暮らしてきた秋田が直面している問題に私は何をしてきただろうか、と考えるようになったんです。ケニアでは彼らに与えることよりも、私が得ることのほうが圧倒的に多かった。たくさんのことを考え、経験させてもらいました」
まずは自分の故郷である秋田の食を変えていくことからはじめよう。そう決めた加藤さんはケニアで学んだ幸せな食の空間づくりを実現するため、農業の第一歩を踏み出した。
感謝と挑戦する気持ちを忘れない
加藤さんの農園『三吉農園(さんきちのうえん)』では、無添加・無農薬の野菜を販売している。たくさんの野菜を取るために農薬を使って土壌を作るのではなく、その場所でできるもの、土に合うものを作りたいという思いからだ。
その結果、三吉農園では大根しか残らなかったと笑う加藤さんだが、麴漬け、ビール漬け、柿漬けといったラインナップはどれも人気の商品となっている。
加藤さんは大学生のころ、学費を稼ぐために知り合いのおばあちゃんが作っていた味噌やいぶりがっこを露店で販売した経験がある。300円のいぶりがっこが気付けばなんと100万円の売り上げにまでなっていた。
「こんなに売れるんだ!って正直びっくりしました。作り手は少ないのに需要がこんなにあったんだということにもびっくり。欲しい人がいるなら自分で作ってみようという気持ちになったのは、この経験があったから」
いぶりがっこは、同じ材料、同じ手順を踏んでも不思議と作り手によって味が違うという。だからおもしろいんです、と加藤さん。
ぜひ食べ比べをして好きな味を見つけてほしいと教えてくれた。
「挑戦する気持ちを忘れず、人生を教えてくれた師匠たちに恩返しをしていくつもりで商売をしていきたいです。私の姿を見て、未来の子どもたちがいぶりがっこを作りたいと思ってもらえるように」
将来は、孫と一緒にいぶりがっこを作るのが目標だと語る加藤さんの挑戦はこれからも続く。