香川県と徳島県の県境に近い、香川県まんのう町の琴南エリアに、元中学校を活用したコミュニティスペースがあります。教室は、地元に生息する虫や動物などを展示した「自然史博物館」や、ものづくりを楽しむ「糸のこ教室」、子どもたちが木にふれて遊ぶことができる「木育広場」といった空間に使われ、地域の人たちを中心とした憩いの場となっています。
このうち、ボランティアで木育広場の運営を担当する天野友紀子さんは、地域の公立図書館の責任者でもあります。天野さんに、広場の特徴や活動への思いを尋ねました。
無垢の木に触れてゆっくりと
―「もりのこひろば(木育広場)」には、木のおもちゃがたくさんあって、子どもだけでなく大人もゆったり過ごせる空間ですね。
もりのこひろばは、毎週土曜に無料で開放しています。主に未就学児が木のおもちゃに触れて遊ぶ場所ですが、保護者の方も無垢の木に触れてゆっくり過ごしてもらっています。不定期ですが、2021年度は1月、2月も含め年8回ほどのイベントを開催しています。
―広場にある木のおもちゃで遊ぶだけでなく、趣向を凝らしたイベントが開催されるのも魅力ですね。
12月は、木と音楽が結びつくような演奏会をピアニストの方にお願いし、ヒノキに鈴をつけて楽器を作ったクリスマスイベントを開催しました。11月には、まんのう町の山で育ったヒノキの積み木を1万個使ってつみき大会をしたり、10月には、芸術士の方に依頼し、周辺の落ち葉を集めてアートを楽しんだり。子どもたちが木に触れながら楽しめるイベントを、さまざまな講師の方々と繋がりながら開催しています。
また、「もりのこひろば」のもう一つのコンセプトとして、本の中の世界と実際の体験が結びついて、行ったり来たりできることを大切にしたいという思いがあります。室内には木や森、植物に関する絵本や私自身が活動している「本と生きよう!読書運動」の本を置いています。「本と生きよう!読書運動」の仲間には、昨年、木と本がつながるイベントをしてもらいました。
イベント時には、私が図書館で働いていることもあり、まんのう町立図書館から季節やイベントに合わせて本を借りてきて、読み聞かせを行ったりもしています。「本と生きよう!読書運動」の仲間がイベントに合わせた絵本を手作りしてくれたのは、嬉しかったですね。
本と自然体験をつなぐ活動を
―まんのう町立図書館で責任者として働きながら、「もりのこひろば」もボランティアで担当していると聞きました。大変ではないですか。その原動力は何なのでしょうか?
“やりたかったことだから”というのが大きな理由であり、原動力でしょうか。以前から環境教育に関わりたいという思いがあったこと、先ほどもお話した本と自然体験をつなぐ活動を実現してみたかったという思いがあります。
-環境教育に関わりたいという思いというのは、どういうところから生まれた思いなんでしょうか?
私が中学生の頃って、「温暖化」、「京都議定書」という言葉を頻繁に耳にする時代で、ちょうどその頃、テレビで林業の特集を見たんです。木を切ることがなんだか悪いことのように言われているのに、林業の世界では、一生懸命育てた木を切っている。どういうことなんだろう?と疑問に思っていたところ、たまたま林業体験の募集を新聞で見つけたので、参加することにしたんです。おじさんばかりのなかに中学生の女の子ひとり(笑)。でも、面白くて……下草を刈って、森が息をしているのを感じました。林業ってすごいなと思ったんです。高校生の頃には、NHKで放送されていた安田喜憲先生の「森と文明」に影響を受けました。日本は、森とともに歩んできた歴史があると知り、それは大きな学びであり、使命感に繋がっていったと思います。
―なるほど。そこから環境についてもっと深く学びたいという想いが強くなったんですね。
そうですね。自分が学びたいという思いと同時に、「伝える」ということにも意識がいくようになりました。大人は十分な情報発信ができているんだろうか? その情報はみんなが等しく受け取ることができているのだろうか? 情報を受け取れたとしても、体験に結びつけられるだろうか? と。
―そこから、子どもたちへの体験の提供につながるのですね。
はい。私自身が、学童っ子だったことをきっかけとして、指導員として、保護者としてさまざまな形で、学童(放課後児童クラブ)と長く関わったことが背景にあると思います。さまざまな家庭環境で育つ子どもたちと関わってきた中で、「知る」、「体験する」ことの機会の少なさが、大げさに言うと人生を左右すると感じています。「知る」ことで、道が拓けるはず。そういう“子どもが知るためのきっかけ”を作るのはすべての大人の義務だとも感じるようになりました。
―では、本はどうつながっていきますか?
産後、学校司書として働き始めました。と言っても当時は学校司書という仕事がまだまだ確立しておらず、私も無資格でした。学校でも「学校司書って何するの?」という空気がありました。でも、採用されたからには何か役に立ちたい。何が正解か、どうすればいいのかわからないままでしたが、手探りで図書室の整備を始めたんです。司書教諭の先生には「何かあったらすぐに元に戻しますから、させてください」という感じで。
いろいろ始めてみると、効果が現れました。子どもたちが図書室に来て、本を手に取るようになっていったんです。また、教室を抜け出して図書室に来る児童が、最初は私と話をする目的で来ていたんですが、本を手にするようになりました。そんな児童の様子をみた司書教諭の先生から、「いてくれてありがとう」といわれたときは、存在を認められたようで嬉しかったですね。と同時に、“本は生きる助けになる”、“子どもたちに、どのように、どんな本が提供できるのか”、これは専門的な仕事だと確信しました。そして、私は図書館司書への道を進むことになります。
現在、私は公共図書館であるまんのう町立図書館で働いていますが、残念ながら公共図書館まで足を運べる子は限られます。どんな子も等しく本に触れられる機会があるのは、義務教育である学校図書館です。だから学校図書館の存在は、重く大切だと考えています。
もりのこひろばは、まんのう町の委託を受けて運営しているからこそ、無料で開放できるというのが大きなポイントです。
まちの資源に触れる場所に
―特別な人しか来られない場所ではダメ。みんなが来られる場所であることが大切なんですね。
その通りだと思います。来てくださっている方々のことと同じぐらい来られない方々のことも考えたい。来てよかったと思ってもらいたいのと同時に、来られていない方々へどんなアプローチができるのかも考えたいと思っています。
図書館のあり方を考えることも、「もりのこひろば」という場所がどんな場所だったら良いのか考えることも、町全体の暮らしというか、町で暮らすみんなの生き方を考えることだと思っています。仕事で全く違うことをやっていて、特別に「もりのこひろば」のことを考えているということではなく、全てが同じ線の上にあり、私にとっては、どちらもやりがいのあることです。
まんのう町の森林資源は財産です。林業に携わっている地域の人も財産です。だから、その良さを地域のなかで共有して、受け継いで、そういう豊かな町で自分は育ったんだ!という感覚を子どもたちに持ってもらいたいと思っています。「もりのこひろば」が、そういう気持ちを育める場所、きっかけになれたらうれしいですね。
※コミュニティスペース(ことなみ未来館)は、3月6日まで休館しています。