香川県まんのう町に本店を構えるネイルサロンのオーナー、黒木千秋さん。1万人のフォロワーがいるインスタグラムでは、不遇な半生や弱さもつまびらかにして発信。彼女の発する言葉に共感する人も多く、国内外にファンがいます。今回はそんな千秋さんにインタビュー。逆境を乗り越えて成功をつかむまでの軌跡を辿りました。
ネイルと出会うまで
両親不在という家庭環境で育った千秋さんは、中学時代、そのことを理由にいじめに遭い不登校になってしまいます。
「3学期まるまる学校に行けませんでした。その時に強く思ったのが『いじめて来た子たちを絶対見返してやる!』という気持ちでしたね。誰よりも稼いで誰よりも綺麗でいたら、もうあんな辛い言葉を浴びることはない。コンプレックスを潰していこう。誰よりも努力しようって思いました」
この言葉に、千秋さんの生き方が凝縮されているように思います。その後わずか6年のうちに、運命を決める天職と出会うことを、このときの千秋さんはまだ知りませんでした。
幼い頃から絵が得意で中学時代の美術の成績は常に1位。先生にも美術方面の進路がいいだろうと芸術系に特化した高校への進学を勧められたといいます。
「でも、当時の私は超がつくほどの現実主義者。『美術で食べていけるはずがない』と先生の言葉に耳を貸すこともなく、卒業後は看護師の道を選ぶことにしました」
しかし、結局看護の世界も興味が続かず、長続きしませんでした。そんな折、看護学校の同級生に連れて行かれたのがエステサロン。そこではじめてネイルを体験したのが19歳のときだったそうです。
「まだ世間でもネイルアートが珍しく、新しい世界を垣間見たような気持ちでした。だからそこで『ネイリストになろう!』と決断をしたとか、『サロンを持とう』とかそういう感じではなくて。楽しそうだから行く。大きなカバンを持って綺麗な格好をして通学している自分が好きっていう感じでしたね」
ただ、高校を中退して、アルバイトも7か月おきに辞めるという生活のなかで、必死に“何か”を探していたのも事実。学校に通う子よりも何かできることを見つけなくては、という焦りにも似た思いは千秋さんのなかで静かにくすぶっていました。
はじめての挫折。結婚と出産を経て、再びネイルの世界へ。
美術が得意だった千秋さんにとって、ネイルアートは簡単なものでした。
「『こんな簡単でいいの?』と思えるほど、私にとっては遊びの延長と言う感覚で、『練習しなくてもいけるでしょ』って感じでしたね」
そのスタンスのまま、ネイリスト検定2級に練習なしで挑戦します。しかし、結果は不合格。落ちるはずがないと確信していただけに、その結果を受け止めきれず、はじめての挫折を味わうことになります。半ば投げやりな気持ちで、ネイル業界から離れることにしました。
その後コンビニで働いているうちに、妊娠がわかり、結婚。ふたりとも20代前半と若かったこともあり、夢見た結婚生活とは程遠い現実が待っていました。生活費に苦労し、将来が不安でしかたなかったそう。そんな折、携帯オークションでネイルチップが売れていることを知ります。
「こんなものが売れるんだと知って、私も作るようになりました。子どもが生まれても保育所に預けて内職のようにしてネイルチップを作り続けました。これが結構売れる。ネイルチップのおかげで生計を立てることができました。そして23歳のときにもう一度ネイル検定2級を受けることにしたんです。しっかり練習した成果もあり、無事合格できました」
一度挫折を味わった千秋さんは、練習の大切さを身をもって知っていたのです。
原点となった自宅サロン
次の目標は、ネイリスト検定1級への挑戦。合格率2~3割と厳しいものでしたが、どうにか一発合格をと考えていた千秋さん。とある雑誌に有名なネイリストがネイルの練習を1000本ノックと表現している言葉があり、これだと思ったそう。
「100人練習すれば1000本ノックだ。そう思って始めたのが自宅サロンでした。練習するから友達を紹介してほしいと頼んで、練習を始めたんです」
この自宅サロンをきっかけに、友人が友人を紹介する紹介型のサロンへと成長していきます。特別な広告宣伝は一切しないまま、いつしか千秋さんのサロンは、綺麗になりたいと願う女性が集う場所になっていきました。
いまや、香川県内に2店舗のサロンを展開するまでに成長。ネイリストとしてだけでなく、女性経営者として、働くお母さんが家庭と仕事をバランスよく保てる環境を意識しているそう。絵が得意だった少女は、いじめという辛い経験を乗り越えて、自分の強みを活かした職業とめぐり合い、経営者となったのです。
瞬間を懸命に生きることで、いつか自分の天職とめぐり合う。
「自分の得意なことが仕事になって、それでお金をもらえるって自信になりますよね。私は天職に出会えたことが本当に幸せです」
では、天職に出会うためにはどうしたらいいのでしょうか。そんな疑問を千秋さんに投げかけるとこんな言葉が返ってきました。
「目の前のことを一生懸命することです。与えられたことを懸命にしていると、いつか正しい場所、正しい職に導かれるんだそうです。そして、自分に直接関係ないようなことでも、目の前に来た人に良くなってほしいと接することは、巡り巡って自分を豊かにしてくれる。自分の魂のレベルを上げるには、競争ではなく共存共栄の精神でいることだと肝に銘じています」
最近では、千秋さんのライフスタイルに憧れて「私も千秋さんみたいになりたい」と会いに来る人も多いそう。そういうときは、話を聞いて関連しそうな人をつないで、背中を押してあげる。すると、相談者は自然と一歩踏み出せるようになっているのだとか。
逆境をバネに強くしなやかに生きる千秋さんの言葉には、夢にたどり着くためのヒントがたくさん詰まっていました。
「中学のときの私に言ってあげたいですね。“今、絵で食べていけないって思っているだろうけど、やりたいと思ったことは全部やれるんだよ”って」