岡山県井原市芳井町の特産品に「明治ごんぼう」があります。標高約400mの赤土の畑で力強く育った、香り高くやわらかいごぼうです。そんな明治ごんぼうを使ってかりんとうを作っているのが、菓子工房よいち。倉敷市玉島出身の渡邊良夫さん・ももこさん夫妻が営んでいます。
懐かしの味を守ろう 芳井町に移住
菓子工房よいちを開業したのは、2010年3月。それまでも、明治ごんぼうを使った「ごんぼうかりんとう」は地域のなじみのお菓子でした。ももこさんの祖父母はごぼう農家で、かりんとう屋に材料となるごぼうを長く納品していました。しかし高齢となったかりんとう屋には後継ぎがおらず、事業をたたもうという話が出ていたのです。
このままでは、地域の特産品を使った美味しいかりんとうが途絶えてしまう……。「かりんとう屋をやらんか」と祖父母はももこさんに声をかけました。その頃ももこさんは、大阪の芸術大学を卒業後、倉敷市内で忙しく働いていました。
「作品づくりをしながら働きたかったけれどもできず。私の人生、このままでいいんだろうかと考えていたときでした。分野は違うけれど、かりんとうも、もの作り。じいちゃんばあちゃんが頑張って作ってきたごぼうが活かされるのなら、やる価値があると思ったんです」(ももこさん)
一方、関東の大学を卒業後、運送会社に就職し事務員として働いていた良夫さんは、埼玉県で暮らしていました。高校時代の陸上部の先輩と後輩で、高校卒業以降、遠距離恋愛だった2人。結婚の話が出ていた頃、ももこさんから良夫さんに「芳井町でかりんとうを作らん?」と話があったそう。
「料理もしない自分としては、まったくの畑違いの仕事。最初は『いやいや、それはできんじゃろ』と言ったけれど、『一度きりの人生、楽しいことをしようや』と言われ、決心しました」(良夫さん)
良夫さんは結婚式のための貯金をすべて使って菓子工房を新築し、機材を購入。もともとかりんとうを作っていた師匠から作り方を教わりました。
最初は味を再現することさえ一苦労。販売のノウハウもありません。イベントの出店の出し方や、商品を置いてもらえる店舗探しなどを、手探りで進めました。近所付き合いも一からでしたが、一生懸命な2人を見てのことでしょう、次第に人脈が広がり、「こんなイベントがあるから出店したら?」、「うちのオリジナル味のかりんとうを作れる?」といった声もかかるようになりました。
ごんぼうかりんとうには、香ばしい明治ごんぼうがたっぷり練りこまれていています。パッケージのデザインはももこさん。明治ごんぼう村のキャラクター「ごんぼう君」も登場しています。
2012年にはゆずかりんとうを開発。化学肥料・農薬・除草剤を使わずに芳井町で育ったゆずを使っています。かじると、さわやかな香りが口の中いっぱいに広がります。良夫さんが工房の隣の山成酒造を手伝うようになったことがご縁で、2019年には酒粕かりんとうも登場。酒粕の上品な香りが楽しめます。
地域の繋がり・真心に支えられ
開業からもうすぐ丸12年。大変だったことを聞くと、「軌道に乗るまでは収入がない期間もあり、とても大変でした。でも、本当に周りの皆さんが温かい人ばかりで、ご縁に恵まれて支えられてきました」とももこさん。
地域からの温かい眼差しがわかるエピソードが、「明治ごんぼう村フェスティバル2014」でのサプライズ結婚式です。芳井町のまちおこしチーム「縁(えにし)プロジェクト」が、結婚資金をすべて工房開設に充てて結婚式を挙げていない2人のために、手作りの結婚式を企画したのです。
焼き芋を食べていたとき、突然呼ばれて白いドレスに着替え、ステージに上がったももこさん。そこには白いスーツを着た良夫さんと、紋付き袴姿のももこさんのお父さんが。ステージに敷かれたバージンロードの上を、会場のたくさんのお客さんに見守られながら、お父さんと腕を組み、一歩一歩、良夫さんのもとへ。そして、良夫さん、ももこさんに抱えられた娘と3人で、「幸せの鐘」を鳴らしました。
「幸せの鐘」も白いウエディングドレスも手作り。仲間がこっそり準備していたのです。良夫さんも、ももこさんのお父さんに連絡をしたくらいで、内容を知らされていなかったそう。
「一生の思い出です。皆さんが気にかけてくださって、感謝の気持ちでいっぱい。2人で芳井町に来て、菓子工房よいちを始めてよかったです」(ももこさん)
良夫さんは山成酒造の杜氏となり、酒づくりも行っています。先代杜氏が倒れたとき、杜氏を継ぐ決心をしました。サラリーマンを辞め、かりんとうをつくり、冬は酒を醸す日々。「思いがけない12年」と話す良夫さんですが、その瞳は輝いています。
ご縁を大切に、新しい挑戦を続けながら芳井町で暮らす渡邊夫妻。生命力を感じるごんぼうかりんとうの味わいの秘密がもうひとつ、わかった気がします。