街も海も山もそばにある“コンパクトシティ”と言われる香川県高松市。その中心部から車で約20分ほど走った山のふもと、車を停めて坂を上った先に、ポツンと「薪焼きパン 小麦堂」はあります。
パンを焼くのは、高橋忠広さん。店を始めて12年目ですが「まだまだこれから」とガッツを見せる、“職人の姿”を取材しました。
石窯で焼いたパンは、外はカリカリ中はもっちり
小麦堂のパンは、高橋さんの作った石窯から生まれます。石窯の輻射熱で焼かれたパンは、外と中に同時に熱が通ることで皮はカリっとし、中はもっちりした食感が特徴。噛めば噛むほど、幸せな味が口の中に広がります。耐火レンガから発する、遠赤外線のおかげです。
「電気ではなく薪を使うので、木のくべ方ひとつにも注意が必要。焼き加減に差がでます。薪は形や水分の含み具合などバラバラで、電気釜と違って温度調節もできません。薪の火の強さもあるので、パンを焼く順番も決まっています。1日1工程のスタイルで、パンの補充が効きません。売り切れたら、その日はおしまいです」
ハード系のパンからおかずパンまで、種類は豊富。1個150円からという良心的な価格設定が、目をひきます。レジは客自らが計算するセルフスタイルです。
7匹の看板猫たちもお出迎え
小麦堂の営業日は金・土・日・祝と限られており、開店前から多くの人たちが訪れます。出迎えるのは、高橋さん夫婦と、7匹の猫たちです。高橋さんは自宅でも猫を飼っており、小麦堂の猫たちのこともしっかりとお世話をしています。
訪れる人を優しく出迎える猫たちは、看板猫としての役目を果たしています。常連客の中には、それぞれの猫たちの性格を把握している人もいるようです。訪れた人たちは猫たちとのふれあいを楽しみながら、パンを買う順番を待っています。
「孫がここのパンが大好きなんで、毎週買いに来とるよ」
「ウォーキングの目標地点として、30分ほど歩いて来ています」
パンのたくさん入った紙袋を抱えて、坂を下って帰路につく人々の背中は、ほっこりとした幸せな雰囲気に包まれていました。
見て覚える、やってみてわかることがある
高橋さんは元サラリーマン。2001年、所有していた山の一角、辺りは木々も鬱蒼と生い茂っており、電気も水道もない場所を徐々に開拓し、まず小屋を完成させました。
「人の家の棟上げとか見るのが好きでね。『もしかして、俺でもできるんじゃないか』って。つい舐めてかかる性格なんですよ」
最初は遊びのような感覚だったと言いますが、井戸を掘り、電気を通し、場が本格的に整い出します。その後「ピザ窯ならぬパン窯でも作ろう」と思いたち、現在の店舗とパンを焼くための石窯を作ったと言います。そして遂にパン作りへ。ここまでに8年の歳月がたっていました。
高橋さんは「見て覚える、やってみてわかることがある」と五感を駆使し、酵母と向き合い、石窯の前に立ちます。別の店で修業したりすることもなく、全て独学で勉強しました。その姿勢は、職人そのもの。全品に国内産小麦を用い、ハード系のパンには石臼挽き全粒粉を使うなどのこだわりを持ち、理想のパンを追及し続けています。
パンを焼き始めて12年たった今「ようやくパンのコツがつかめてきた」という高橋さん。食パンなどの食事パンの魅力を、もっと多くの人に味わってもらいたいと語ります。
自然の恵みを、秘密基地のような場所で
「憧れはツリーハウス。秘密基地のような場所を作りたい」
高橋さんは今、店舗の裏にある茂みを開拓しています。定年がない仕事という魅力も、原動力の1つのようです。
「自然の中で電気を使わず、焼き上げるこのスタイルは、便利ではないかもしれません。でもこの坂を上がって来る時に、自然を感じてもらえたらいい」
自然豊かな場所で自分らしく生きる、高橋さんのライフスタイル。そこから生まれる薪焼きパンは、これからもたくさんの人を笑顔にするでしょう。