オーストラリアの先住民であるアボリジナルの人たちが描く絵画が、現代アートとして注目されています。彼らは文字を持たず、大自然の中で生き抜くための情報の記録や伝達のために、絵画表現を用いていました。それらを1971年にアクリル絵の具を使ってキャンバスに描き始めたのが「アボリジナルアート」の始まりだといわれています。
国内で数々のアボリジナルアートの展覧会の開催やサポートを行うコーディネーターの内田真弓さん。1994年にボランティアの日本語教師として渡豪し、日本帰国直前にメルボルン市内のギャラリーでアボリジナルアートと出会い魅了されました。そのギャラリーで6年間勤務したあとの2000年に「Art Space Land of Dreams」を主催し、現在に至ります。
今回はアボリジナルアートのパイオニア的存在である内田さんに、その自由で奥深い魅力について聞きました。
アボリジナルアートとは?
―アボリジナルの人について教えてください。
オーストラリアに人口が2500万人ほどいるなかで、人口の約3%がアボリジナルの人たちだろうといわれています。そのうち8割以上は、英語しか話さない人も多く、都市部に住んで生活様式も肌の色も白人の人と変わりません。残りの2割ほどが居住区で暮らし、自分たちの言語で話し、年に数回、一晩中歌や踊りで儀式を行うことで仲間同士のつながりをコミュニケーションしている人たちです。今や、彼らの描く絵というのが、世界的にコレクターもいますし、オーストラリア国内でも空港などメジャーな施設に展示されているんです。
―アボリジナルアートの成り立ちについて詳しく教えてください。
オーストラリア国内で1967年に初めてアボリジナルの人が市民権を得て、経済的自立を迫られた際、時間軸も文化も背景も優先順位も世界観も社会観も全く異なるところで生きてきた人たちが、会社に行って決められた時間で働くには当初無理があったそうです。そこで、1971年、彼らにキャンバスとアクリル絵の具が紹介され、文字を持たない彼らが5~6万年前から同じ方法で、生きるために必要な情報、水場や獲物の在処などを伝えてきた絵画表現を、アートとして表現し始めました。もともと彼らは狩猟民族なので定住せず、移動し水場を求めながら歩いて生活していたので、彼らが唯一描けた場所というのが自分たちの体の上と砂の上、大地でした。それをキャンバス上に描き始めたんです。
通常、絵は壁に掛けるときに縦横、上下など向きがありますが、アボリジナルアートに限っては、決まった方向がありません。もともと地面に描かれていたので、俯瞰のイメージで見ていただけるアートだと思っています。そのため、展覧会で美術館のキュレータの方と相談するとき、縦か横かで大変悩みますね。
5万年前からの不動のストーリー
―内田さんが感じるアボリジナルアートの魅力についてお聞きします。
初めてアボリジナルアートを見たときは、すごく力強さを感じ鳥肌が立って。どれも抽象画で、英語の解説を受けてもよく理解できない中でも、画家がどういう環境で自分オリジナルのテクニックでこの絵を描いたんだろうという、絵の背景、描く人側のストーリーに非常に興味を持ちました。知識も先入観もない中で見た絵なので、ダイレクトに心に響きましたね。
そのギャラリーで、エミリー・ウングワレーという推定年齢86歳の女性アーティストの大作に出会いました。彼女は普段、狩りをして生活し、初めて絵筆をとった70代後半から86歳で亡くなるまでの約8年間に3000点もの作品を仕上げた作家で、今や世界中にコレクターがいます。2008年には、日本で行われた彼女の展覧会のコーディネーターとして参加しました。その展覧会は、延べ12万人ほどの動員を記録し、当時オーストラリアでも話題になりました。やはり多くの人が彼女の作品やアボリジナルアート自体に力強い魅力を感じているのだと思います。
特に今は、SNSなどの情報で人の価値観が左右されやすい時代。自分の価値観、自分の審美眼って何ですかと言われたときにきちんと答えられない人も増えるなか、彼らアボリジニの人たちが守ってきたものは、文明がいくら栄えようと5万年前から伝え続けてきた不動のストーリーなのです。彼らは狩りにも行けばスーパーに買い物にも行きます。現代を生きるアボリジニの人たちは、スーパーで何でも買える時代でも、それでも狩りに行き、儀式を行い、大地とコミュニケーションをとるんです。それが時には、アートという困ったマジックによって、突然有名なアーティストに変貌することもありますが、描いている本人たちは1枚で2億円の価値が付く絵を描くよりも狩りに行き、芋虫を何匹取れたかというほうが自慢なんです。
そんな素敵な人たちといると、いろいろな情報に追い掛け回されているときなど特に、砂漠の中へ向かうこと自体が自分にとってのリセットで、そこはやはり時間が止まる場所ですね。自分が一番大事にしているものを見させてくれます。彼らから、狩りへ一緒に行こうと言われても車の運転しかできない私ですが、彼らは、道などなく目印も標識もない道とは言えないような場所を記憶しています。木も動物もにおいも、その皮膚感覚で覚えている。一般人には何もないように見える広い砂漠にでも彼らは何でもあるという。そんな彼らが描いている絵だからこそ魅力的なんですよね。
―内田さんがコーディネーターとして今後も続けたい事と、最新のアボリジナルアート事情について教えてください。
アボリジナルの人達のプライド、存在意義のようなものをアートというツールを通して、生まれ故郷の日本へお伝えするのが使命だと思っています。すべて一人でしているので、時間はかかりますが、最近ようやく0から1になった感覚があります。2001年のシドニーオリンピックの時に、オーストラリアは様々なアボリジニの人たちを全世界の人たちにアピールしましたが、そのあたりから展覧会の要望や問い合わせが増えていきました。
自分の審美眼に責任をもって
私は1点でも多く、1人でも多くの人に、アボリジナルアートを家に飾ってほしいと思っています。鑑賞するだけでなく所有する喜びを是非感じてほしいです。日本の家の空間に見合う作品をいつも探すようにしています。絵を買うには勇気がいるんです。だからこそ現地へ何度も通って何度も話して、自分のジャッジで、自分の審美眼で、その1点をセレクトできるか。自分の腕にかかっていると思っています。欲しい人が頑張って買える価格帯、サイズで、クオリティーのいい絵をずっと楽しんでもらいたい。固定概念にとらわれず見てもらえる絵だと思っているので、特にルールなく感じたままに見てもらいたいですね。
2021年8月18日から23日まで、東京・西新宿のヒルトピア アートスクエアにて開催予定の「アボリジナルアート展」では、大作から小ぶりな作品まで幅広く80点ほど出展、販売予定。多くの人に見てもらい、アボリジナルアートを感じてほしいと話してくれました。