「演劇には心を育てる要素がある」そう話すのは、「パフォーマンスカンパニー・リトルウィング(以下、リトルウィング)」の山本育代さん。リトルウィングは香川県高松市で演劇やミュージカル、ダンスを中心に活動する団体です。山本さんは1990年にこの団体を立上げ、今現在も代表を務める傍ら、地域の幼稚園や小学校で演劇やダンスを教える活動を行っています。
演劇を社会的な位置づけとして
「結成して20年くらい経った頃から、リトルウィングの終わりを意識し始めていました。今現在、自分がやっていることが、10年20年先に同じことができるかなって思って」
1人でできる限界を感じながらも「夢を追って上京する教え子を送り出してやりたい」。一方で「新しく入ってくる小さな子には責任をもって育てたい」という気持ちの葛藤の中で過ごしてきた山本さん。次第に、県や市からの仕事も入るようになり、演劇を社会的な位置づけで発信できる「場」の必要性を感じるようになります。
「演劇は種をまく、育てる、実らせる作業。演劇が持つ可能性を、子どもから大人まで広げられないかなと。例えばコミュニケーション力の醸成や、さまざまな価値観を認め合えるようになるために演劇が利用できないかなって思って。私1人で終わるのではなく、将来につなげていきたいと考えるようになりました」
それと同時に、リトルウィングが子どもたちにとっての居場所になっていることを感じ、この場所を残していきたいとも思うようになったといいます。
「価値感や肯定感がすごく狭かった子が、自分とは違う人を演じることによって、自分にゆとりができるのかな……認め合えたり、いろいろな違いを思いあえるようになるんです。リトルウィングは、そういう心を育てる場でもあるんです。どっかに大きな作品をもって『全国発信』っていう夢もありますけど、ベースは子どもたちが作り上げる『場』を継承していきたいなと」
そして、舞台芸術の創造に関わる人材を育てるとともに、まちや人を結びつけ地域社会の活性化を担うことを目的とする団体として、2021年3月にNPO法人資格を取得しました。主体事業であるリトルウィングでの活動のほかに、香川県の演劇活動を担う事業を行っています。4名の理事、12名の役員で構成されている中には、かつての教え子の保護者が中心的な役割を担っているそうです。「NPO法人リトルウィング」には、山本さんの“つないでいきたい”という思いに加え、周囲の人の“続いてほしい”という思いも込められています。
次につないでいく公演を
リトルウィングは、2020年に結成30年を迎え、記念公演「ロミオとジュリエット」を公演する予定でしたが、コロナ禍を受けて2020年中の実施を断念、2021年8月に公演を迎える運びとなりました。個々の体調管理はもちろんのこと、少人数でのレッスンが中心となり、これまでとは違った練習方法の模索が必要だったといいます。
「コロナ禍でたくさんの表現の場が失われました。この公演もやっぱり無理だろう……という空気もありました。そんな中、高校生のメンバーが中心になって、どうやったら公演ができるかを考えてくれたんです。こういう時こそ、大人だけで決めるのではなく、子どもたち自身で判断したという結果を作ってあげたいと思いました。そして、ただ、『公演をしたい』というわけではなく、状況判断や、危機管理ができるようになった姿をみて、この子たちとだったら、公演ができるのかなって。そしてこのリトルウィングの場もずっと続けていけるのかなって思いました」
密を避けるために、少人数でのレッスンが中心。マスクをつけたままで練習するため、激しいダンスの後は、とても苦しいといいます。
またこれまでの公演では、衣装部を中心に材料や道具、知識を持ち寄り、衣装製作を行っていましたが、今回は密を避けるため、個人で対応。そして、舞台袖にはマスクやフェイスシールドを準備して公演に臨むといいます。
「公演ももしかしたら、絶対に必要なことかと言われるとそうではないのかもしれない。でも、リトルウィングという場所が子どもたちにとって必要であることと同じように、発表という場が必要な人、演劇を見る場が必要な人もいます。そのためにも次へつないでいきたいという思いで、決められたルール以上のルールを自分たちで作って、まずはこの公演を無事に実施したいと思っています」
どこまで気をつけるのかという正解のない中で、思いつく対策をすべて実施して臨む公演。公演を終えた後には、ある種の感動が生まれるはずです。
今回の公演を乗り越えたメンバーが、リトルウィングの精神を継承し、舞台芸術の創造に関わる人材が育っていく。そして、香川というこの場所から演劇というアプローチで地域社会の活性化を担うことを期待せずにはいられません。