四季と共に移り変わる、美しい風景で
香川県さぬき市にある鴨部(かべ)平野。春は麦畑が生い茂り、夏に向けて黄金色に染まります。麦の収穫が終わると、次はお米。畑に水が張るとまるで鏡のような姿になります。秋には稲穂が実ってこうべを垂れ、収穫の時を待ちます。
「この美しい景色を、見てもらいたい」
そう話すのは、米麦農家の父と弟を家族に持ち、この景色の中で育った六車亜弥さんです。
六車さんは「農業工房かべっこ」という屋号で、おむすびやおはぎを販売しています。2015年からイベントに出店していますが、2021年5月8日、この景色が見える場所で、テイクアウト専門の店舗をオープン予定です。
世界観が凝縮された“おむすび”
「おにぎり、というより“おむすび”。気持ちもむすんでいるつもりです」
「かべっこ」のおむすびは、六車さんの父と弟が作った、鴨部平野でとれた米と麦を使います。1つ1つが丁寧に作られていて、その見た目は六車さんの世界観が凝縮されたような愛らしい姿です。食べるだけでなく、見た目から楽しんでもらおうと、イベントのディスプレイもその日作ったものを使います。
具材も丁寧に作り上げます。野菜は、六車さんが参加する、香川県東部で農業を営む女性たちのグループ「東讃地域農ガール」との繋がりから、旬のものがすぐ手に入ります。
また、鴨部平野で育ったもち麦は、5月に赤紫色に実り、愛くるしいおはぎにも姿を変えます。もち麦を使っているため、「かべっこ」のおはぎは、普通のものと食感が異なります。
「食べることは楽しい」子どもたちに伝えたい思い
六車さんは食べる人が、食べて幸せになる姿を想像しながら、おむすびを結びます。それは、六車さんが育ってきた環境や思いが直結しています。
「食べることは大好きだったけれど、子どもの頃、実は野菜が苦手でした。給食のトマトサラダが食べられなくて、先生に『絶対に食べなさい』と強制された辛い思い出があります」
食べることはもっと楽しいはずだ。自身の経験から、将来は子どもの食事に携わる仕事をしたいと、神戸の学校で栄養士の資格を取得。その後帰郷して、保育園で働きました。
保育園では、スタッフ3人で100人分もの食事を作っていた六車さん。保育園の子どもたちと関わる中で「子どもたちに、食事の楽しさを感じてもらいたい」と強く思っていました。
「他の先生は立場上『全部食べなさい』と言いますが、私はこっそり内緒で『いつか食べられる時がくるよ、だから今は無理しなくていいよ』と、声掛けをしていました。いきなり全部、じゃなくていい。最初は一切れでいい。幼い子どもには、好き嫌いだってあります。そうして声掛けを続けていたら、入園当初はしいたけが大嫌いだった子が、卒園時には食べられるようになったんですよ」
自分のことのように、嬉しそうに話す六車さん。「食べることを楽しんでもらいたい」という思いは、その後もどんどんふくれあがっていきました。
家族のぬくもりを、おむすびに結んで
食に携わる仕事に就きながら、六車さんは「いつかはカフェをしたい」と憧れを抱くようになります。
「その時、米麦農家として頑張っている父と兄の姿を見て、家族が作ったこのお米と麦を、『もっと何かできないかな、もっと広げられないかな?』と思うようになったんです」
また「おばあちゃんのおむすび」という存在がずっと心にあったと言います。
「おばあちゃんのおむすび、塩がとっても効きすぎていたんですけど、それがまたおいしくて。おばあちゃんのおむすび、本当に大好きだったんです」
そうして保育園を辞め、場所を借りて月に1回ランチを提供したり、弟がイベントに出店する時におむすびを売ったりするなど、活動の場を広げていきました。丁寧に作られたおむすびは、瞬く間にイベントで人気に。
安心・安全な食に注目が高まる中、六車さんは「ぬくもりを感じてもらいたい」と強く願っています。
念願の実店舗が誕生
六車さんたち「農業工房かべっこ」は、2021年5月8日、テイクアウト専門店をオープン予定です。店舗の裏側には、米や麦をその場で精米できる機械を導入。精米後すぐの新鮮な米を調理することができるようになりました。
「店舗を作るにあたり、建築士さんや大工さんが私たちの気持ちをいっぱい汲んでくれました。私は木をできるだけ使いたかったし。精米場は父が持っていたイメージを形にしてくれて。関わってくれた人たちみんなが思うところが一緒でした。いろんな人たちのおかげで、ここが出来ました」
近所の人からも「いつオープンなの?」「買いにいくね」「夜のおかずが欲しいわ」など、応援の声が集まっています。
おむすびを結ぶ。気持ちを結ぶ。
この鴨部平野で育まれた、ぬくもりと愛情を込めて、きょうも六車さんはおむすびを結びます。