さまざまな生活の変化を余儀なくされたこの1年。暗くふさぎがちな心を、音楽に支えられたという人も、少なからずいるのではないだろうか。そんな音楽のもつ力を、置かれた場所がどこであっても、咲かせ続けようと奮闘を続ける1人の女性がいる。青年海外協力隊として音楽の職種でチュニジアに派遣されていた、冨田佳穂さんだ。
小さいころからピアノを続けてきた冨田さんは、言葉では言い表せないことを表現でき、人の心を繋いでくれる音楽を通じて、世界のだれかの力になりたいと、協力隊に応募した。チュニジア第3の都市スースにて、コンセルバトワール(音楽院)でピアノ講師として生徒たちと一緒に楽しみつつ活動していた矢先、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を背景に、2020年の春、緊急帰国することになった。
先が見えない時代だからこそ、人の心に寄り添う音楽を届けたい
冨田さんは、コロナで帰国後、協力隊として再派遣される日を願いながら、今できることに取り組み続けている。活動の一つが福祉施設でのミニコンサートだ。
青年海外協力隊経験者を通じて、「コロナで、障害者施設のイベントや行事がなくなってしまっていて、皆さんがずっと施設に閉じこもった状態になってしまった。外とふれあう機会もないので音楽で少しでも元気づけたい」と冨田さんに依頼があった。その思いを受け、2020年の8月と12月に施設でのコンサートが実現した。
参加者は知っている曲の演奏が始まると、楽しそうに口ずさんだり、手拍子をしたりしてくれた。音楽っていいなと、改めて感じたそうだ。施設の人たちも大変喜んでくれた。コロナ禍で不安やストレスを感じる日々の中、音楽は人を癒し、人の心に寄り添う力がある。こんな時だからこそ、音楽としっかり向き合って、自分にできることを続けていこうと、思いを新たにした出来事だった。
いつの日か、また海外で音楽を教えたい
富田さんには、協力隊としてチュニジアで音楽の指導にあたった中で感じたことがある。
日本には、音楽に触れ学ぶ機会が多くあり、学校には様々な楽器もある。一方のチュニジアは、音楽を学ぶ機会も教材も限定的で、音楽学校に通う生徒たちでさえも、楽譜を見て正確に演奏することが難しい状況だった。「もし自分がこれからも音楽を指導していくとしたら、機会に恵まれた日本ではなく、できればまたチュニジアで、それが無理でも音楽の機会が発展途上にある海外で、教えたい。そして自分自身もまた学び続けていきたい。」と。
そんな夢に向かって、冨田さんは今、技術や思いをしっかり伝えていくための語学の勉強や、日々のピアノの練習を重ねている。時折やり取りするチュニジアの人たちとの交流が、心の支えになっている。
音楽は、聴くだけで元気が湧いてきたり、感動して涙がでたりする。音楽はいつも私たちの心に寄り添い、私たちの心を育ててくれる。そしてそれはまた、人と人とを繋ぐ調べでもある。先が見えない日々の中で、それでも希望の光を心に灯し、きょうもピアノと向き合う冨田さんの目は、コロナ禍の先の未来に向けて歩みを進めていこうとする、強い意志で満ちていた。