近年、日本各地の農山村地域ではイノシシやシカなどの野生鳥獣による農作物被害が深刻化しています。そこで、施策のひとつとして野生鳥獣の捕獲が積極的に取り組まれ、捕獲した鳥獣の食肉は「ジビエ料理」として注目を集めるようになりました。
しかし、鳥獣の皮のほとんどは廃棄処分されているのが現実。そのような鳥獣の皮を「ジビエレザー」として有効活用し、地域に新たな経済の循環を創出することを目指しているのが、岡山市北区建部(たけべ)町に拠点を置く「建部獣皮有効活用研究所」です。代表の頼本(よりもと)ちひろさんに、ジビエレザーの魅力や同研究所の取り組みなどについてお話を伺いました。
子どもを安心して育てられる環境を考え、岡山に移住
ちひろさんは、東京都出身。服飾専門学校を卒業後、アパレルメーカーに勤務し、服飾の企画やリメイク作品を手掛けていました。夫の徹さんと結婚後、東日本大震災をきっかけに京都へと引っ越しをし、2016年に岡山に移住しました。
「その頃は、子どもを安心して育てられる環境を考えたり、自分たちが田舎暮らしに興味が出てきたりしていた時期でした。ちょうどそのタイミングで岡山市が地域おこし協力隊を募集していることを知り、夫が応募したところ、赴任が決まり、岡山に移住することになりました。それ以外にも私が桃を大好きということや、『晴れの国』という点でも岡山に惹かれました」とちひろさん。
野生鳥獣の命を大切にしようという思いから、ジビエレザーの商品開発をスタート
ちひろさんは京都に住んでいる頃から獣皮に興味を持っていて、獣害について調べ始めたそうです。
「獣害対策として野生鳥獣を捕獲している猟師さんに話を聞いたとき、『肉はなるべく食べるようにしているが、皮は廃棄するしかない』と聞き、もったいないという思いを抱き始めたんです」
岡山は京都よりも獣害が身近にあり、家の前でイノシシを見かけることもしばしばあったそうです。ちひろさんは、捕獲された野生鳥獣の命を大切にするためにも、廃棄される皮を加工してジビエレザーの商品開発を始めました。
試行錯誤の末、「皮」を「革」へと生まれ変わらせることができるように
動物の皮はそのままでは使用できません。皮に付着している毛や肉、汚れなどを落とし、やわらかくする「皮なめし」という処理が必要となります。ちひろさんは、全くの手探り状態から皮なめしを始めたそうです。
「猟師さんに教えてもらった方法だったり、インターネットで調べたやり方だったり、試行錯誤しながら皮なめしを試してみましたが、なかなか満足のいく仕上がりにはなりませんでした。そんな時、ジビエレザーのなめし加工をしてくれる業者の方から下処理の方法や、適切な扱い方を教えていただく機会があったんです。その後、下処理専用の革包丁などの道具も揃え、やっと「皮」を「革」へと生まれ変わらせることができるようになりました」
建部獣皮有効活用研究所のこだわりは、人にも自然にも優しいものづくり
現在、流通している革の多くは、低コストで生産効率が良い「クロムなめし」で皮なめしを行っていますが、重金属を使うために金属アレルギーを起こすことも。一方、植物性の材料を使用する「タンニンなめし」は手間がかかりますが、環境にも人にも優しいのが特徴です。
「人にも自然にも優しい製品をつくりたいので、建部獣皮有効活用研究所では、タンニンなめしの革のみを扱っています」
2018年に任意団体として活動を始めた建部獣皮有効活用研究所は、2019年6月に創業。「TALABO」というブランドも立ち上げました。
「『TALABO』は、建部にある研究所=Takebe laboratoryの略であると同時に、他者と一緒にコラボレーションアイテムを展開していくという意味も含まれています。ジビエレザーは傷が多く、大きさや固さ、質感など個体差が大きいのも特徴のひとつですが、それも個性として楽しんでいただければ」とちひろさん。
ジビエレザーの魅力を伝えるため、様々な取り組みを行っていきたい
夫の徹さんは、皮を仕入れるために猟師さんとのネットワークづくりや、皮の下処理作業などを担当。ジビエレザーの魅力を伝える取り組みとして、ジビエレザー製品の製造や販売以外にも、夫婦二人三脚でワークショップやジビエレザー展なども開催しています。
2020年12月10日から2021年1月17日までは、建部町のサニーデイコーヒーにて、“新しい生活様式によりそうジビエレザー”を中心にした企画展「建部のちいさなジビエレザー展」を開催。人気のストラップキーホルダーやマスク生活を彩る新作マスクチャーム、おうち時間を楽しむレザークラフトキットなどを展示・販売しています。
「昨年は、私たちの活動を知っていただけるきっかけになると思い、クラウドファンディングに挑戦しました。初めての試みでとても緊張しましたが、沢山の方にご支援いただき、無事に目標金額を達成することができました。これからもジビエレザーの魅力を広め、地域活性化につながる活動をしていこうと思っています。」